ツァラトに弟子のアイヘンが尋ねた。
「師は諸国から仕官を請われていますが、全て断っています。どうして仕官しないのですか?」
それに対し、ツァラトは
「昔々、村人に酋長への就任を請われた賢人が言った。」
と語り始めた。
「貴方方は忘れてはいけない。私が強く貴方方に請われて酋長になることを。
そして、これから先必ず貴方方は私を石の礫(つぶて)で追い払うことを。」
「そんな事は絶対にない!未来永劫貴方がこの村の酋長だ!」
村人達は声をそろえて賢人に言った。
賢人は目をつむって考えた。
しばらく沈黙が流れ、村人の視線はいっそう強く賢人に注がれた。
やがて賢人は目を開けて
「一年。一年間だけ引き受けよう。」
村人達は狂喜乱舞し、7日間の宴が開かれた。
その歳の春は暖かく、宴会の頭上には桜が満開だった。
それから1ヵ月、長引く梅雨に村人は頭を抱え始めていた。
「これでは作物が育たない。どうすればよいのか?」
賢人の所に村人は教えを請いに集まってきた。
賢人は、
「この雨は必ず上がり、夏が必ずくるので心配は要らない。
それよりも崖下や、沢の近くに住んでいる人は万が一のことがあるので集会場や、親戚の家などに非難するように。」
と言った。
その日の夜、激しい雨が降り、がけ崩れが起き、避難していた村人は助かった。
村人達は賢人をよりいっそう敬った。
梅雨がようやく終わり夏が来た。
しかし中々暑くなりきらず、農作物の成長は遅れた。病害虫がはやりだした。
再び村人は賢人の元へ集まり、教えを請うた。
「畝の溝をより深く掘り、排水を良くしなさい。また、一番良く生った物は来年の種として食べないで取って置きなさい。次第に冷害に強い作物になっていくだろう。」
村人は賢人の言うとおり、溝を深く掘り、排水を良くしたおけがで根ぐされ等はなく飢饉にはならなかった。
益々賢人への尊敬は強くなり、中には神さまとして拝むものさえ出だした。
例年より早く秋になると、野山の果実は色づき、少ないながらも収穫を祝った。
「賢人様。来年はこれよりももっと多く収穫できるかな?」
村人が問うた。
「それは分からない。天のみ知る。」
賢人はそう答え、村人が酌む杯を飲み干した。
賢人の好むと好まざるとに関わらず村人は賢人を崇めた。
秋が終わり、冬がやってきた。
村から見える北の山に雪が積もるころ、村人達は少ない収穫を少しずつ食べ、寒い冬を耐えすごした。
村に雪が深く積もる頃、ある村人が賢人に助けを請うた。
「食べ物を全部食べてしまい、来年に蒔く種も食べてしまった。どうすればよいか?」
「他の村人は余裕は無いながらも充分に冬を越せる。どうして貴方は越せないのか?」
と賢人は問うた。
「分かってはいてもお腹いっぱい食べたいのでつい食べてしまった。」
ツァラトはそこまで語って
「アイヘンならどうする?」
と、アイヘンに尋ねた。
アイヘンはしばらく考え
「村人を集め、幾ばくかの食料を村人達に分けてもらいます。」
「それが良かろう。して、罰はどうする?」
「村の仕事をやらせます。」
「それも良かろう。」
ツァラトは話を続けた。
賢人は村人を集めアイヘンが言ったように食料を分けてもらった。
そして男に
「3日ごとに私の所へ食料を取りに来なさい。また、食料を分けてもらった分、村の仕事を無償で行いなさい。」
と言った。
「なるほど。そうすれば全部食べてしまっても3日ごとだから大丈夫ですね。
でも、どうしてそんな賢人が村から追い出されるのですか?」
と、アイヘンは尋ねた。
「そこなんじゃ。」
村人達は賢人のそんなやり方にいたく感心して益々尊敬したが、中にそんな賢人を快く思わなかった人達がいた。
それまで村を治めていた者達は、賢人が敬われれば敬われる分逆に、村人達から蔑まれるようになっていった。
お株が下がってしまったのじゃ。
そうなると、このままでは納得しないものが出てきて終には賢人のよからぬ噂を流し始めた。
よからぬ噂は村人達の間に直ぐに広まり、賢人はつるし上げにあってしまった。
賢人がいくら弁明しても全く相手にされず、結局賢人は村人達から石を投げられつつ村を去って行った。
「と言う結末じゃ。」
「よからぬ噂は何だったんですか?」
「賢人が3日ごとに与える食料から少しずつ抜き取って横領したと言う噂だよ。
愚人はそう言えば食料をもっと多く貰えると言われてそう証言した、と言うことは誰でも思いつく事だと思うが、
村人は賢人の悪い噂を決して止めようとはしなかった。詰まるところ、噂の中身はどうでも良かったのじゃ。」
「なるほど・・・・そういう性向はありますね。」
とアイヘンは頷いた。
「千慮一失。賢人は予言どおり石の礫(つぶて)で追い払われたというわけじゃ。」
了
物語の中の物語。
こうすることで、より自由に物語に介入できる。
子曰く・・・・・
古典は上手に書いているなと思いますね。
こども論語塾
草刈
高速で回る丸い刃が、草をブンブンと切っていく。
地区の草刈と言うわけだ。
いいのか悪いのか晴天。1・2時間程度の肉体労働。
取りあえずここからあそこまで刈ってしまえば、自分の分担範囲は終わりだ。
と思っていたら、大きな石でもあったのか、チッン!という音がして、刈払機が跳ねた。
気になって足で草をどけて見てみると、錆が浮いた甲冑の兜だった。
後ろの誰かに言おうと思って振り返ると、一面緑の丘で誰もいない。
さっき刈ったはずの草は、私の膝下程度まであった。
息をすると、草の濃い匂いが鼻をこじ開けた。
私は刈払機のエンジンを止めて、360度ぐるりと見た。
静かな風の音が耳に入るだけだった。
山の稜線には見覚えがあった。
誰もいない。
私は麦藁帽子の下から青い空を見上げた。
いつかどこかで見たような、デジャヴ。
上を見たためか、頭の血液が潮が引くように薄れていく。
体の力が入らず視界が薄れていった。
目を開けると、看護婦の後姿が見えた。
戻ってこれたと言うわけか。
私は深く息を吸い込んだ。
クレゾール消毒液の匂いが鼻腔に染みた。
「大丈夫ですか?」
と、私を覗き込んで言った医者の頭が丁髷(チョンマゲ)だった。
了
草刈の時いつも空想してしまう事をどうしても書いてみたい。
と言うわけで、これは空想。
どんな意味があるのか?
どうして空想してしまうのか?
そろそろ京都が懐かしくなってきた
ウェスティン都ホテル京都
ダイジョウブ。
ロータリー制の広い広場をぐるぐると自転車で回っていた。
ヨーロッパの広場で、目に付くのは異国の人達だ。
私が探していたカフェが見つかり、その前を通り過ぎた。
私には連れ合いがいて、ちょうどこのロータリーへ入る前、黄色い玄関の前で
「見てくる」
と言って私だけロータリーへ漕ぎいれ、くるくると見て回っていたのだ。
黄色い玄関・・・黄色い玄関・・・・
と思って探しているがなかなか見つからない。
何処かの角を入るのだったのか?
少し私はあせりだした。
一周回ってしまったらしく、さっきのカフェの前を再び通り過ぎた。
カフェの中で客は、名物のチョコレートケーキを食べている。
私の姿は彼女からは見えているのだろうか?
声でもかけてくれれば助かるのだが、こう車が走っていては声は届かないか?
カフェを通り過ぎると街路樹の間にベンチが置いてあり、
日がな一日本を読んだり、寝たり、とにかくベンチ上の人々は動かない。
その前をまた、自転車で通り過ぎた。
二度目となると、眼鏡越しの興味の対象になるらしく、複数の視線が私に注がれた。
どうやら黄色い玄関の前の彼女を見失ったらしい。
彼女の方が動いてしまったのかもしれなかった。
いや、黄色い玄関を見失ってしまったのだ。
これは悪夢なのだろうか?
私はもう一度と、自転車をゆっくりと漕ぎ出した。
目的のカフェは彼女も知っているはずだから、最終的にはそこで待つしかないかも知れない。
彼女の白いヘルメットがいないか、私は辺りを探し続けた。
と、黄色い玄関が、あった。
カフェから一ブロック漕いだ所にそれはちゃんとあった。
大きな白いワンボックスがその前に停められてしまい、見えにくくなっていただけだった。
彼女の顔を見つけた私の顔から、不安が消え去るのが自分でもわかった。
私は手を上げて彼女に合図を送り、黄色い玄関の方へ漕いで行った。
「場所が分からなくなったかと思った。この車の陰になったので見えにくくなっていて・・・・・」
「ダイジョウブ。」
彼女は何もなかったように微笑んだ。
了
今回は、夢を題材にしてみたものです。
最初の題名は
-夢ではぐれて-
でした。
楽天で探してみると・・・・・・
やってる人はいるのですね!?↓
ヨーロッパ自転車旅行。
面白そうです。
定年欧州自転車旅行改訂版
夏夜の列車
真夏の白光が車のボンネットを照らし、車内のエアコンは冷気を出し続けていた。
車がカーブに差し掛かったとき、彼の目に、歩道のフェンスを包み込んだ緑の茂みが映った。
緑の向こうに鉄道のトンネルが見え、彼の脳裏を昔の記憶が占領した。
各駅停車のディーゼル車。何処かの駅でその列車は退屈な待ち時間をすごしていた。
そのキハ系といわれる列車の、4人がけの席に彼は乗っていた。
彼は未だ小さく、小学生だろうか。
少年の前には父親らしき人が、くたびれた様子で車両に頭を傾け眠っている。
重い窓は中ほどまで開けられ、夏の夕闇の匂いがディーゼルの匂いと共に入ってきた。
向こうの山の更に向こうの方で、雷が遠く鳴っていた。
少年はしばらく窓から駅のフォームを観ていたが、退屈のあまり立ち上がり、列車の後ろの方へ歩き出した。
連結部分の扉は子供には重く体を預けてやっと開いた。そのくせ、手を離すと直ぐに閉まった。
一両、二両と行くと最後尾にたどり着いた。
客は二人しか乗っていなかった。
車掌が退屈そうに列車の外で立っていた。
「未だ出発せんの?」
「あと10分かな。」
車掌はその質問に嬉しそうに答えた。
「座席にほってある漫画読んでいいん?」
と彼が質問した。
「ああ、いいよ。」
車掌は幾分気を削がれたように答えた。
少年は礼を言った後、空いた席に置いていかれた少年漫画を手にとって、窓の開いた席に座り読み始めた。
「ぼく、何年生?」
乗客の一人、通路向こうに座っていた三十前後の女が少年に話しかけた。
少年が答えると女は適当に感心して
「何処まで行くの?」
と聴いてきた。
しばらく質問を続けたが、女は諦めて窓の外を見た。
少年は漫画に集中し、ページをめくった。
ディーゼルエンジンの重たい音の中に、夏の虫の音が混じり始めた。
いつの間にかフォームには蛍光灯の明かりが点り、山は黒い影しか見えなかった。
車掌の吹く笛の音がして、列車のドアが遠慮がちに動き、一旦止まって、ゴソッゴソと閉まった。
エンジンがうなり、ゆっくりと列車が動き出した。
少年は漫画を座席に置き、再び窓の外に目を向けた。
信号機の音が流れて行き、列車は田舎の街中を通り抜け直ぐに田んぼの中を走りだした。
単調な車輪の音を聞きながら、人家の窓の明かりを少年は楽しんだ。
やがて山間に入り、列車の速度ががくんと落ちた。
と、木々が近くなり列車はトンネルに入った。
ヒヤッとした空気が車内に入り込み、少年は目を細めた。
トンネルの中には黒い蛇のようにうねる配線があった。
反対側が気になって見ると、同じように蛇のよう配線がうねっていた。
さっきの女の人は目を瞑って休んでいるようだった。
彼は、そのままカーブを抜けて、走り続けた。
了
つい先日新幹線には乗りましたが、
キハ系のディーゼル車が非常に懐かしく思います。
明日は選挙ですね。
村上春樹さんは行くのかな?
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律子の情事
彼の手が、律子の頬をやさしく刺激した。
ベットの上で律子は体をくねらせた。
肩から脇、横腹へと手はすべるが、律子の要求どおりに彼の手は動かない。
それが新鮮だった。
高ぶりを求めて大胆なシチュエーションがどうしても必要だった律子だったが、今は違った。
ベットの上にただ身を横たえていれば快感は彼が与えてくれた。
彼の手が律子の求める周辺に来た。
律子はそのまま行ってと願ったが遠ざかっていった。
体が自然と彼を求めて揺らいだ。
腹部に熱く震え、今にも爆発しそうな塊ができていることに律子は驚いた。
それがこれまでにない絶頂をもたらすものであることは自然と解った。
やっと彼の手が胸の頂に触れた時、律子の口から官能の声が漏れた。
そして自らの太ももにヌメル感触を感じた。
今までにない快感に律子は陶酔し始めていた。
彼と優しく口づけを交わした後、律子は何時もなら言えない事を彼に求めていた。
「まだ・・・・・」
彼はそう言って再び律子への愛撫を続けた。
「マグロのようだ。」
と、以前の男に言われたことがあった。
女友達に聞いてみても、それほど自分が不感症だとは思わなかったし、言われるほどマグロでもないと思っていた。
男に「下手くそ!」と心の中では言っては見るが、口には出せなかった。
体が跳ねる・・・・。
律子は敏感に反応する自分の体に驚いた。
彼が女の花芯に触れると律子は自ら体を開いていた。
腹部の熱い塊は次第に大きくなり、律子の頭をしびれさせていた。
耳の下に自らの脈拍が大きく聞こえ、律子は今まで発したことのない声をあげていた。
脊髄の中心を駆ける、とろける様な痺れが脳まで達し、体は自然と反りかえった。
手足にも甘美な痺れは伝わり、律子は彼の手を太ももで挟んでいた。
ゆっくりと動き続ける彼の手を律子は震える両手で制したが、止める事はできなかった。
律子は自分が壊れるのではないかと思った。
胸の鼓動が喉近くに感じられた。
しびれた上に続く彼の愛撫は、律子の自制を突き抜け崩していった。
了
先週は当ブログもお盆休みをいただきました。
さて、今回はぬれ場に挑戦。
書けているか?
うーん・・・・・・・・
スローセックス完全マニュアル
ゴールデンウィークの秘密
始業式で中学二年生になったばかりのショウタがトイレに入ると、タバコの匂いがした。
トイレ奥の個室の前には、見張り役らしき少年(多分新一年生)が一人いて、個室の上からはタバコの煙が流れ出ていた。
それでもショウタは用を済ませ、手を洗ってトイレを出ようとした時、後ろから
「ショウタじゃねえ?」
と声がした。
振り返ってみると、どこかで見たような顔だった。
「俺だよ。ほら小学校の5年で転校した・・・・・」
「ミノル?」
「だろ!」
「えー。帰ってきたの?」
ショウタは驚きと嬉しさで、トイレ奥の不良グループの方へ行った。
一年生の見張り役の少年が、改めて先輩のショウタに挨拶をした。
ショウタは軽く受けて答えたが、鼻をくすぐられるような違和感を感じた。
「一服しない?」
ミノルがタバコを差し出した。
ショウタはタバコを吸ったことはなかったが、興味はあった。それに断る雰囲気でもなかった。
「おれタバコは初めてなんだ。」
ショウタは一本抜き取り口にくわえながら言った。
ミノルはニコニコしながら
「火点けるから、軽く吸ってみて。」
スッと吸うと、先端が赤くなり火がついた。息を吐くと白い煙が出た。別段不味くも美味くもない。
咳き込みもしなかった。
ただ見つかるとやばい、と、心配があった。しかし、幼馴染との再会は喜ばしいことだった。
ショウタは一本吸う間、あれこれミノルと話した。
ショウタがその日見たミノルは、小学校のミノルではなく、ショウタより少しばかり多くのことを経験し、また見ることによって何処となくすれて、
今までとは違う生活を、どう違うのかは言えないけれど違う生活をしている様にみえた。
というわけで、吸い終わると
「また。」
と言うことでショウタはそこから、あっさりと立ち去った。
会話も昔の様にとはいかなかった。
それから1ヵ月ぐらい過ぎ、ゴールデンウィークの最中、ショウタは近所のスーパーでレジに並んでいるミノルを見かけた。
声をかけようとした時、ミノルが棚に並んでいる105円ライターをズボンのポケットに入れた。
ショウタは直ぐに目を背け、そ知らぬ顔でいつもの買い物をした。
そして普通にレジを済ませて家に帰り、冷蔵庫にペプシネックスを入れた。
ついでに冷凍庫からアイスバーを一本取り出し、食卓に座ったまま、居間でテレビを見ている母親の後ろ姿をぼーと見ながらさっきのことを考えながら食べた。
そして、食べ終わった時、真っ当な人には言えない秘密を抱えた事に気づき、溜め息をした。
「それにしても後味の悪いタバコになったな・・・・。」
と、ショウタは小さな声で一人ごちた。
了
遠い昔の夏休み。
青臭い思春期ってものを想像・・・・・・
してみました。
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裂きイカ
日曜日も酒を飲んだ。
土曜日も金曜日も。
風呂上り、パンツとシャツだけ羽織った彼は、扇風機にあたりながら机の上の裂きイカをつまみにして今日も飲んでいる。
今朝は胃が痛かった。胃腸薬を飲んで出勤したが、昼飯を食べた頃から気持ちが悪いのは何とか治ったようだ。
その時、もう酒は止めようと心の中で思った。
営業先で出された、味気ない茶碗の不味いお茶を飲む時も、今日からは酒を飲まないようにしようと思った。
とりあえず木曜日までは。
しかし、一日の疲れが、何の成果も生まない営業の疲れが彼の心に忍び寄った5時ごろ、昼の禁酒の思いはどこかに追いやられていた。
癖の悪い酒ではない。ただ量が多いだけだ。
明日の仕事のことを思えば、9時以降は飲めないし量は飲めない。
だから風呂上りに350mlのビールを一本飲むだけだ。
彼の目には眺めているテレビの映像が映っていた。
「このまま肝炎にでもなってノタレ死ぬのだろうか?
不況は続いているし、失業率だって過去最高だ。
今の仕事は楽ではない。給料だって安い。
しかしなぁ。」
彼はまた裂きイカを口に運んだ。
「この裂きイカだってそんなに安くない。
一袋300円もする。スナックの方が安上がりだが、油が多いし高コレステロールだ。
イカは確か、タウリンがあるから、コレステロールは高いが大丈夫だったよな。
ちょっと心配になってきたなぁ。ネットで調べるか?
まあ、明日昼休みにでも調べよう・・・・・」
彼はグラス一杯目のビールを飲み干し、最後の二杯目をグラスに注いだ。
「350ってすぐ無くなるよな。
こうやってリラックスしていると全く酔った気がしないのは何故なんだろう?」
ビールの泡を口に含むと苦美味(にがうま)さが舌に広がり、金色の液体を喉に落とすと、先の心配が幾分和らぐようだった。
「こうやって無駄に時間を重ね、年をとり、何も成し遂げないまま・・・・」
再び裂きイカを奥歯で噛み締めた。
テレビの中では、誰かが逆転ホームランを打っていた。
扇風機を弱にして彼は寝転んだ。
「いったい、こうやって一杯やっている時間って一年のうち何時間なんだろう?
この時間に何かやれば何かできるかも知れない。そう言っても、昔の夢は未だ実現の目処も、半歩も進んではいない。
しかし仕事から帰って更に何かするとなると・・・・・。
そういえば、昔、電車で1時間の遠い高校へ通っていた時も疲れ果てて、帰宅してから勉強しようなんて少しも考えなかったよな。
なんだかその頃から変わっていないような、その延長上に今があるのは間違いはない気がするなぁ。
だったら酒は関係ないか。確かに酒は好きだが、その前の問題かもな・・・・。」
彼はその様な下らない事を思いながらグラスのビールを飲み干し、机の上の最後の裂きイカに手を伸ばした。
めくれたシャツの下の彼の腹周りには、なかなか取れない脂肪が積み重なっていた。
了
仕事後の一杯って美味しいですよね。
スポーツ観戦しながらもサイコー。
ビールも第三のビールも、いつも使うグラスではなくて
その夏に買った新しいグラスに注いで飲むといっそう美味しくなるのは何ででしょう?
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デンタルロボット
「虫歯の治療が自分でできる!」
と、某ポータルサイトのNEWSに新着記事があった。
ちょうど歯医者に行かなきゃいけない歯の具合だったし、何より1万円と言うのが魅力だった。
何週間も休日が歯の治療で潰れるよりも、自分の空いた時間に自分で治療できるというのが最大の魅力だ。
早速注文、そして土曜日のお昼に宅急便が届けてくれた。
お昼を食べた後、歯を磨きパソコンの前で封を開けた。
説明書を読むと、取り扱いは簡単だった。
まず、口の中で勝手に治療してくれるデンタルロボットのコードをパソコンのUSBに接続。
すると、ロボットはUSB電源で起動し、パソコンの画面にロボットに備え付けられたカメラで写される私が映しだされていた。
次にそいつを口の中に入れる。
すると、実際の私の歯達が映し出され、
「どれを治療しますか?」
と音声と画面で聴いてきた。
私は画面の中で具合の悪い歯をクリックした。
「この歯でよろしいですか?」
「Yes」をクリックした。
すると、パソコンの画面に
「診断中です・・・・・しばらくお待ちください。」
と出て、口の中のロボットは、その歯の周りを執拗に動き回り状況を調べているらしい。
「治療を開始します。
が、その前に、治療途中口をゆすぐ必要がありますのでコップ一杯の水と洗面器をご用意ください。
用意ができましたら、治療開始のボタンを押してください。」
と出た。
私は一旦デンタルロボットをティッシュの上に取り出し、それらを洗面所から取ってきた。
さて、万事整った。デンタルロボットを再び口に入れ「治療開始」のボタンを押した。
「治療を開始します。気分が悪くなったりした場合は中止してください。」
と告げられた。
デンタルロボットは虫歯を削りだした。小さいボディながら、なかなか上手に削っている。
それに痛みがほとんど無い。
画面の右上に表示されているヘルプで調べてみると、液体麻酔を使っているので痛みがないとのことだった。
削るのは、もうそろそろいいんじゃないか?と思ったら
ロボットは削るのをぴたりと止めた。
「一旦口をゆすいでください。」
と言われた。
私は言われたとおりして、再び「開始」ボタンを押した。
次にロボットはセンサーで削った歯の形を読み取り、かぶせ物を造型する旨を知らせてきた。
と思ったら直ぐに
「終了しました。一旦口からロボットを取り出し、キットの中にあるカバー作成アダプタにデンタルロボットを装着してください。」
といわれた。言われたとおり、ちょうどパソコンのマウスぐらいの大きさのそのアダプターにデンタルロボットをはめると
「かぶせ物作成開始」
ボタンが画面に表示された。
迷わずクリック。すると結構大きな音で金属を削っているような音がしばらく続いた。
画面にはその金属が削られている様子が映し出されていたが、綺麗に削りだされていく金属の歯、は芸術品のような存在感があった。
出来上がると
「そのかぶせ物を掴んだままのデンタルロボットをアダプタから外し、再度口の中に入れてください。
治療はあと5分です。」
と表示された。
言われたとおり、口に放り込み「治療続行」ボタンを再度押した。
デンタルロボットは出来上がったかぶせ物を歯にはめ、微調整か、ちょっと削っては
「噛んでみてください。」
と聴いてきた。それを3回ほどした後、
「治療が終了しました。噛み具合はいかがですか?」
聴いてきた。私は何の問題も無いので
「OK」
をクリックした。
正味、1時間ほどで終了したことになる。これはすばらしいと、私は素直に感動した。
私は、洗面器などを片付けて、再び居間のTVを付けた。
すると、今私が使ったデンタルロボットに関するNEWSをしていた。
何でも、使う手順を間違ったり、治療しなくていい歯をクリックしたりと操作を間違えるケースが頻発しているらしい。
中でも、治療中にパソコンがウィルスに感染した人は、デンタルロボットが暴走し、全ての歯を抜いてしまったという事だった。
評論家達はこぞってデンタルロボットの開発会社と、
「そんなものを使う方が間違っている。自業自得である。」
等と批判していた。
私は気になって、洗面台に行き、治療した歯を良く見てみたが、何も問題はなさそうだった。
噛み締めてみてもばっちり直っている。
運が良かっただけなのかも知れない・・・・・と思いつつも、再度説明書を読み返したら、利用規約の最後に
「※このデンタルロボットをご利用になるお客様は、このデンタルロボットを使ってお客様がこうむるいかなる不利益・損害にも当社は一切の責任を負はないものであることに、完全に合意するものとします。」
と書かれていた。
ナルホド。
了
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継承王国
昔々「継承王国」に王様と、二人の王子が居ました。
二人の王子は、とてもよく似ていましたが、税収が足らない税金に関してだけ、全く違った意見を持っていました。
弟の王子は、所得税を上げるだけで、消費税は導入しない考えでした。
兄の王子は、国民に広く浅く課せられる消費税の導入こそが望ましいと考えていました。
そんな「継承王国」の二人の王子でしたが、この国最古の法律では、継承王国たる所以として、
こんな時、二人の王子達の争いにならない為にも、どちらの王子が王様になっても、悪ければ、国民の意見で直ぐに交代できるようになっていました。
また、今の政治のよい所も悪い所も、全て王子達がそのまま引き継げるようになっていました。
また、最低限守らなければいけないことは王様であっても変更できないように、
王様の考えで変更できる所は、手続きさえ踏めば変更できるようになっていました。
やがて、王様が王位を退位するときがやってきました。
この国では王様は70歳からは自由に退位することができ、後の人生は国王の仕事からは開放され、自由となることができるのでした。
退位後は尊敬の意味を込めて、大王の称号が与えられました。
さて、王位を継承したのは長男ということもあり兄の王子でした。
王子は消費税の導入を実行しました。
国民は、子供がおやつを買う時までも消費税を支払いました。
最初は抵抗がありましたが、一年二年と経つうちに慣れてしまいました。
それにつれて税収が増え、王国の社会福祉は充実し、国民も納得安心して生活していました。
しかし、次第に景気が悪くなり、国民の消費が悪くなった時、消費税の回収金額が極端に悪くなってしまいました。
それにつれて、社会福祉のサービスも質が悪くなってきました。
国民は、消費税に疑問を感じ出しました。
王様自身も自信がなくなってきていました。
そこで、国民は国民決議を行い、今度は弟の王子(皇太子)に王様になってもらうことにしました。
今では自由気ままな生活をしている大王も
「いいんじゃないの。」
と言うコメントを発表しました。
兄の王様は皇太子になり、弟の皇太子は王様になりました。
王様は早速消費税を廃止して、所得税の税率を引上げることにしました。
すると不思議なことに王国の物価は自然と下がり、国民は割安感を感じ消費率が上がりました。
それに併せて近隣諸国からの買い物客が増えてきました。
結果として王国の景気は回復し、国民と王様は手を取り合って喜びました。
それを見ていた皇太子となった兄が
「私の能力はもう王には向いていないかもしれない。なので皇太子を退位して隠居したいのだが。」
と、王様と国民に願いました。
それを聞いた王様は兄に言いました。
「結果が解っていれば誰も苦労はしません。今の成功もいずれ時代に合わなくなる時が来て変わる必要が出てくるでしょう。
その時は遠慮なしにまた王様になってください。私はいつでも皇太子に戻るつもりです。」
と。
皇太子は王様の話に納得し、皇太子を続けることにしました。
大王も
「いいんじゃないの。」
と言うコメントを発表しました。
時が経ち、近隣諸国もこの王国の真似をして、消費税を廃止しだしました。
すると、外国からの買い物客がぱったり止まり、景気が悪くなり、王国の税収が激減しだしました。
国民は兄の皇太子に期待を向けました。
弟の王様も兄に相談しました。
皇太子はこの苦境に対応する政治プランを隠し立てせずに、国民、王様に説明しました。
国民の間では賛否両論があり、まとまりそうにありませんでした。
そこで、王様は兄の皇太子に再度王様となってもらう事を決断し、実行しました。
大王も
「いいんじゃないの。」
と言うコメントを発表しました。
しかしながら、王国の景気は回復しませんでした。
国民は王様の政治に不満を持ち始めていました。
王様は困りかねて大王に相談しました。
大王は
「ま、そんなもんじゃ。」
とニコニコしながら王様に言うだけでした。
了
プログラムの世界の「クラスの継承」をモチーフにしてを書いてみたもの。
なかなか難しい。
【大特価大幅値下げ&特典あり】ジリオ社製:チーズの王様パルミジャーノレジャーノ(パルミジ…
ジャコメッティの猫
その猫は、うなぎの寝床のように細長い、彼の家の庭へ、開けはなれた正門から入り、
庭の芝生の淵のレンガの上に音も無く足を運び、当然のように頭を前に向け、髭を風になびかせ、耳ですばやく辺りの音をとらえながら
幾分ふてぶてしく歩くのであった。
彼はその猫が、否、多分その猫が庭の隅にフンをする猫に違いないと思った。
その時の彼は、寝転んで昨日のTVの録画を見ていたものだから咄嗟に起き上がり、網戸をガラリと引き開けて
「シッ!」
と叫んだ。
猫、その白地に、茶色のぶち模様のその猫は一瞬で動きを凍らせ、いつでも飛び出せるように体制を落として彼に振り返り、彼の威嚇を受け止めた。
その猫の目は、彼をじっと静かに見つめた。
彼はいつもなら、さらに「シッ」と足を踏み鳴らし、最後通告を行うのだがその日はなぜかそれを行わなかった。
猫は依然、ピクリとも動かないで彼の方を見つめたままだ。
彼も、窓枠に手をかけて動かなかった。
もし、彼がその手を少しでも動かせば猫は低い体制から氷を溶かしたように、音も無く動き出すだろうと思われた。
しかし、彼は動かなかった。
そして猫も、毛一本すら動かさなかった。
部屋の中では、HD録画機が昨日の録画したTVドラマを、まるでこの事態に無関心をよそうように勝手に再生していた。
彼はその事が気になりだした。
と、彼の気が緩んだのか、それを猫が察したのか、猫は緊張を解きゆっくりとジャコメッティの猫のように再びレンガの上に足を進め、
そして、一瞬前足をそろえたかと思うと垂直に飛び上がり、隣の家の塀の上へ上った。
彼はそれを見届けると、もうそれ以上かかわる必要は無いと判断し、網戸を閉めた。
その時彼の頭には、もう猫のことはなく、幾分すべりが悪い網戸の事があった。
彼が録画を戻すボタンを押した時、外ではさっきの猫が
「にゃお~」
と鳴き、隣の家の庭にトンと舞い降りた。
彼は網戸に油を注そうかと思ったが、すべりが良すぎると台風の強風で煽られた時に網戸がスコンスコンと動いてしまうと思い直し、それを忘れた。
そして、戻し過ぎた録画を再生ボタンを押して再生し出した時、彼の中に再びジャコメッティの猫のように歩く猫が想起された。
猫はといえば、もう何処へ行ったのか、行方はわからなかった。
了
「自由な形式で書く」
「書きたいように書いてみる」と・・・・・思い書いてみたものです。
最近の精神状態が垣間見られるようです。
うーん・・・・・・
アルベルト・ジャコメッティー 本質を見つめる芸術家