夏夜の列車

真夏の白光が車のボンネットを照らし、車内のエアコンは冷気を出し続けていた。
車がカーブに差し掛かったとき、彼の目に、歩道のフェンスを包み込んだ緑の茂みが映った。
緑の向こうに鉄道のトンネルが見え、彼の脳裏を昔の記憶が占領した。
各駅停車のディーゼル車。何処かの駅でその列車は退屈な待ち時間をすごしていた。
そのキハ系といわれる列車の、4人がけの席に彼は乗っていた。
彼は未だ小さく、小学生だろうか。
少年の前には父親らしき人が、くたびれた様子で車両に頭を傾け眠っている。
重い窓は中ほどまで開けられ、夏の夕闇の匂いがディーゼルの匂いと共に入ってきた。
向こうの山の更に向こうの方で、雷が遠く鳴っていた。
少年はしばらく窓から駅のフォームを観ていたが、退屈のあまり立ち上がり、列車の後ろの方へ歩き出した。
連結部分の扉は子供には重く体を預けてやっと開いた。そのくせ、手を離すと直ぐに閉まった。
一両、二両と行くと最後尾にたどり着いた。
客は二人しか乗っていなかった。
車掌が退屈そうに列車の外で立っていた。
「未だ出発せんの?」
「あと10分かな。」
車掌はその質問に嬉しそうに答えた。
「座席にほってある漫画読んでいいん?」
と彼が質問した。
「ああ、いいよ。」
車掌は幾分気を削がれたように答えた。
少年は礼を言った後、空いた席に置いていかれた少年漫画を手にとって、窓の開いた席に座り読み始めた。
「ぼく、何年生?」
乗客の一人、通路向こうに座っていた三十前後の女が少年に話しかけた。
少年が答えると女は適当に感心して
「何処まで行くの?」
と聴いてきた。
しばらく質問を続けたが、女は諦めて窓の外を見た。
少年は漫画に集中し、ページをめくった。
ディーゼルエンジンの重たい音の中に、夏の虫の音が混じり始めた。
いつの間にかフォームには蛍光灯の明かりが点り、山は黒い影しか見えなかった。
車掌の吹く笛の音がして、列車のドアが遠慮がちに動き、一旦止まって、ゴソッゴソと閉まった。
エンジンがうなり、ゆっくりと列車が動き出した。
少年は漫画を座席に置き、再び窓の外に目を向けた。
信号機の音が流れて行き、列車は田舎の街中を通り抜け直ぐに田んぼの中を走りだした。
単調な車輪の音を聞きながら、人家の窓の明かりを少年は楽しんだ。
やがて山間に入り、列車の速度ががくんと落ちた。
と、木々が近くなり列車はトンネルに入った。
ヒヤッとした空気が車内に入り込み、少年は目を細めた。
トンネルの中には黒い蛇のようにうねる配線があった。
反対側が気になって見ると、同じように蛇のよう配線がうねっていた。
さっきの女の人は目を瞑って休んでいるようだった。
彼は、そのままカーブを抜けて、走り続けた。

つい先日新幹線には乗りましたが、
キハ系のディーゼル車が非常に懐かしく思います。
明日は選挙ですね。
村上春樹さんは行くのかな?
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