「大根ろの種」は隣に知らない大根の種がある事に妙に気になった。このまま成長して芽を出すと、葉が、隣とかぶる事は必死だ。と言うわけで「大根ろの種」はあせって芽を出し、その隣の種よりも早く成長しようとした。そのおかげで少しばかり隣の種よりは早く大きく成長し、昼間少しばかり多くの太陽を浴びることができた。光合成が活発に行われ、細い根は徐々に成長していた。
丸っこい双葉の間から、ギザギザの大きな葉がでてきて、大きくなっていった。
ある晴れた日、「大根ろの種」の隣の苗は、いきなり人間の手で抜かれ、畑の草木のゴミの中に捨てられた。日々の成長への努力が「大根ろの種」を生き抜かせたことに違いなかった。
朝の冷たい露の水を葉に受け、「大根ろの種」はますます成長していった。既に丸っこい双葉は消えて、ギザギザの大きな葉が幾枚も生え、その下の根も少しばかり太さを持ちつつあった。
天気のよい昼間、蛾が卵を産みつけようと飛んではくるが、防虫ネットがしっかりと防いでくれたおかげで葉は完全体で日光を受けることができた。しかし、 「大根ろの種」は少しばかり他の大根の葉の下になる部分が多くなってきた。他の大根より土の栄養が少し足らなかったかも知れない。もしくは、遺伝的に少し葉が小さいのかもしれなかった。
そしてよく晴れたある日、防虫ネットが外され、 「大根ろの種」は人間の手によって抜かれた。
葉は立派だが、まだ根は細く、直径は0.5センチにも満たなかった。人間は少しばかり「大根ろの種」を見つめた後、籠の中に放り込んだ。
投稿者: balard
彼の夢の中の彼女
夢を見ている。
彼は自分でそれを分かっていたが、彼の目の前には、20年も昔の学生の頃、思いを寄せていた彼女がいた。
夢の中で彼が作り出した彼女は、現実に彼の心臓の鼓動を早めていた。
何か話をしている。彼女は、にこりと彼に微笑む。
昔は、デートを何回かしたけれど、それ以上の関係にはならなかった。
彼の恋心は、彼女の何か違う方向を見ている笑顔によって、それ以上進まなかった。
でも今、夢の中では彼女と彼の望む関係になっているようだった。
目が覚めると、夢の内容は、そんな曖昧な記憶しか残らなかったが、真っ暗な部屋の布団の中で、心臓だけはドクドクト音を立てていた。
彼が寝返りを打って、枕元の時計の緑色のスモールランプを付けると、2時過ぎだった。
彼は再び布団の中に潜り込み、誰にも知られない夢を求めて目を閉じた。
宇宙船屋
宇宙船屋が、飛びつくように電話に出た。しかし、非常に落ち着いた声で、ゆっくりと
「ありがとうございます。宇宙船屋です。」
と受話器に向かって喋った。
大体の客は、第一声で、落ちるかどうか決まる。
感じの良し悪ししか素人は判断基準を持たないと言うのが、長年この商売をしてきた、彼、宇宙船の製造から販売まで手がける宇宙船屋の持論だ。
後は、客を如何に気持ちよくさせるか。
ある客は割引、他の客は安全性。オプション、お買い得感等、客が一番欲しい答えを与えてやればよい。しかし、それが一番難しい。
「宇宙船なのだが・・・・・」
「はい、当社は製造から販売まで行っておりますので、何なりとご相談ください。」
「ま、一台買おうと思っているのだが、中型船でいくら位からあるかな?」
これは、お買い得を重視する客で、結構面倒しいかもしれないと思った。
値段はオプションに左右される。少しでも安いものを、お得に買おうとすれば、自ずとあれこれ付けたり引いたりする必要がある。こういう客には、こちらから決めてやらなきゃいけない。
面倒だ。
「ご予算は如何程でございましょうか?実用性と快適性を兼ね備えたものとなれば、ワンクラス下げてクラス最高のものを。実用性だけならワンクラス上のものを皆さん考えられます。」
「ま、予算は・・・・・」
そらきた。はっきりしないのだ。
「そうですね、よく売れるものは300Gクラスです。お値段は250万からですね。」
「へー。今度見に行ってもいいかな。」
後、時間がかかったが無事ご購入。めでたしめでたし。
「何しろ宇宙船だから、安全性と快適性を兼ね備えていなきゃ。あいつの言うように、ワンクラス落としていい買い物ができた。」
と、購入者のR氏は月の裏側軌道を航行中、漆黒の中の星を眺め、ワインを傾けて思った。アテは、スルメだ。
「そういえば・・・・スルメは宇宙船には厳禁って言ってたっけ?確かに、言っていたよね。」
R氏は、宇宙船屋に電話をかけた。
「え、スルメを持って行ったんですか?それはいけません。保証外となります。では・・・」
電話は向こうから切られた。
しばらくすると、R氏の乗った宇宙船は月の裏側の軌道を外れ、銀河系の外へ外へと流れだした。R氏は思いつく限りの連絡先に、何度も電話をかけたが誰も出てくれなかった。
「スルメを宇宙では食べないで下さいね。もし食べると誰とも話せなくなります。そして誰とも会えなくなります。」
と言ってはいたが、まさか本当だとは・・・・・
その頃、宇宙船屋は、スルメを口に銜え、次の宇宙船の鋲をハンマーで打っていた。
不安
不安に追われ目が覚める。
まだ、暗い。時計の明かりをつけると、まだ4時だ。目覚ましが鳴るまでまだ3時間ある。
だが目を閉じても寝られない。
不安と心配が沸き起こり、頭を蹴飛ばし続ける。
新聞配達の車の音と、ポストの音が聞こえる。
いつもと変わりのない日が始まろうとしているが、己だけは疲れの上に疲れが溜まり、寝られない日々が続いている。
おまけにプリンタの具合も悪くなってきた。
イベントビュアで原因は分かったが、USBアダプタを交換しないといけないようだ。
また、下らない作業で時間が食いつぶされる。
そう、いつも決まって、下らない邪魔が入るのだ。
負のスパイラルに二層式の洗濯機の渦のように吸い込まれ、ガンガンまわされ続けると頭の回転力も落ちてくる。
オーバーワークなのだ。スケジュールは一杯一杯だ。いつ、交換するのだ?
世の中に、今の状況は演繹できる。つまりこういうことだ。
「できるやつが、より多くの事を行い、できないやつは、できるやつに助けられて、より小さなことを行う。」
総理大臣と町長を比較してみれば分かる話ではないか?
いや、己のなすべき事をしているだけである?
しかし、オーバワークだとしたら?
大統領がオーバーワークで、ちょっと待ってくれと、思考を停止したら?
核バッグを預かるのをちょっと待ってくれ。休憩させてくれと言ったら。いや、言えたら?
結局は、「へたれ」と言われるだけだろう。同情してもらっても何も救いにはならない。
言い訳を述べたところで、何にも役には立たない。いや、言い訳という言説で、嘘を言われ、なお期待を抱かさせるのは真っ平だ。
「今度は上手くいきます?」
今、世界が終わろうとしているのに、今度を任せられるのだろうか?
人生は、それぞれ、そんな人生を送るべくして送っているとすれば、ホームレスから総理大臣まで、あがいたって無意味なのかもしれない。
上の階へ行こうとしても、自ずとそこには限界と言うものがある。
それは、二人が同時に総理大臣になれないように、皆が金持ちにはなれないのだ。
貧乏人がいて金持ちがいる。
金持ちは、貧乏人が金持ちになることを拒否するのだ。
それは、望むか望まないかの原因ではなくその様な仕組み、構造になっているが故なのだ。
そして敵を作る事を覚悟して言うならば、貧乏人は金を望んでいないのだ。
どこかで、こんなものだろうと納得してしまっているのだ。
俺がそうなのか?
翻って考えよう。
不安に追い回され、閉塞した状況に常に置かれ続けている今、俺はどうすればいいのか?
リタイヤするのか?
いや、多分それは得策ではないだろう。誰も無料のエレベータには乗せてはくれない。
この悪酔いしそうな、おんぼろバスには無理にでも乗り続けるしかないだろう。
行き着く先が何処であれ、今は乗り続けるしかないのだ。
「今は」に、閉じ込められた監獄から見える僅かな青空のような希望を込めて。
この眠れない現状は続けるしかない。
くたくたになって、へとへとになって、24時間計算し続け、歩き回り、お金を拾って歩く。
そして、文句を言われ、けなされ、見下されそして、愛想をつかされる。
いいではないか!
それが、そうなるべくして、そうなったのだから。
運命なのだ。
布団の上から自分を見下ろし、自分がそう言った。
そしてまだ、眠れない。
黒い鳥
街の中心の、背の一番高い杉の木に留まった黒い鳥は大きな嘴を開き、
「夜が明けるぞ!」
と赤い舌を振るわせながら鳴いた。
すると何処からともなく、蝙蝠(コウモリ)の大群が飛来し空を埋め尽くした。
黒い鳥は依然として鳴き続けた。
蝙蝠は黒い鳥の頭上を中心にして、渦を巻くようにぐるぐると旋回し出した。
やがてその中心に一層暗い穴が開き始めた。
その穴は周りの光をぐんぐん吸い込み、夜の光全てを吸い込もうとしているかのようだった。
黒い鳥の頭の毛が逆立ち始めた。
東の山の端が薄っすらと白ぎ始めた。
空中の真っ黒なその穴はその光さえも吸い込む勢いで、街中の光を吸い込み続けた。
「夜が明けるぞ!」
黒い鳥はけたたましく鳴き続けた。
やがてその真っ黒な穴は空中から徐々に速度を増し、竜巻が地上に降りるように黒い鳥の頭上へ降りてきた。
穴と黒い鳥が接した瞬間、黒い鳥はその穴の中へ飛び立った。
黒い竜巻は一瞬で上昇し上空に戻ると、渦を巻いて飛んでいた蝙蝠は一瞬で回転を止め四方へ飛び去った。
その刹那、東の山の端からは日の光が輝き、今まで闇に浮かんでいた樫の木を一光の下に浮かび上がらせた。
黒い鳥が留まっていた枝には早くも雀が舞い降りようとしていた。
了
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空中の散歩
「よし。次!」
教官らしき人物が私に言った。
私は、ひょいと飛び上がると、両手で空気をかき、上昇していった。
風はなく、すいすいと斜め上に昇っていく。
後ろの方では
「おお!」
と感嘆の声が聞こえた。
気分が良かった。
暫くすると、谷に差し掛かった。
地面では、地が白で襟だけが赤色の学校の体操服を着た女の子が、走ってこけて泣いていた。
体育の時間だったっけ?
と、大きな松の木の天辺に差し掛かりこのままではぶつかるので急いで手をばたつかせる。
すると、くいっくいっと上昇し、松ノ木の天辺を通り越せた。
まだまだ上昇できそうだ。
すると、下から私を見上げていた友人の純一が
「お前、結構上に昇れるんだな。」
と言って、手をばたつかせて昇ってきた。
「おれはこれが限界かな。」
と、体育館の屋根の上の辺りでとまっていた。
「ああ・・・・そう。」
と私は得意げに答え、依然として上に昇っていった。
このまま宇宙まで行けるのかも知れない。
そう思って空を見ると、青がだいぶ濃くなってきた。
この前テレビで見たような成層圏ではないかと思った。空気が薄くなってきたのかもしれない。
だったら手をばたつかせても、空気抵抗が減るのだからもう上には昇らないだろう。
と思ったが、依然として上に昇って行った。
止めようとしても止まらない。むしろ空気抵抗が少なくなって加速したようだ。
だんだん息が苦しくなってきた。
光る星がちらちらと見え出し、私は
「助けてくれー!」
と声にならない声で叫んでいた。
と、次の瞬間、底が外れたかのように落下しだした。
加速がぐんぐん加わり、私は体を縮こませるしかなかった。
力の限り手を握り締め、歯を噛み締めた。
地面にブツカル!
が、ふわっと体が止まった。
「あんまり調子に乗るなよ。」
教官の太い腕が私の体を受け止めたようだった。
私は恥ずかしくなり、他の皆が真っ直ぐ並んでいる列の後ろに急いで座った。
「よし、次!」
教官が言うと、次のものがひょいと飛び上がり、手をばたつかせて空へ昇って行った。
了
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蟻(あり)
庭の隅、草の間を縫うように蟻達が餌を持って歩いている。
それを、麦藁帽子の下で屈んで見ていたアツシは、もう30分ぐらい動かない。
次々に違う蟻が餌を持ってアツシの下を横切っていく。
延々と続く規則正しい蟻の列は、アツシにピラミッドの工事をする労働者達を思い起こさせた。
街の図書館で読んだ「ピラミッドの不思議」の挿絵がアツシの脳裏に浮かんでいた。
アツシは小さな木の枝で一匹の蟻をつついてみた。
蟻は迷惑そうにその木をよけたが、直ぐに線路の上を走る列車のように、元の通り道に戻って進んだ。
今度はその枝を横倒しにして、蟻の通り道に置いてみた。
蟻は餌を持ってその枝を乗り越えようとするが、体制が整わないのか、登るのは無理みたいだった。
だんだん蟻が枝の前に溜まって来た。
興味深そうにアツシはそれを見ていた。
すると一匹の蟻が枝に沿って歩き出し、枝の端までくるとそこで向こう側に回り、また元の通り道へ辿り着いた。
それに続いて他の蟻も枝を迂回して歩き出した。
枝の前の溜まっていた蟻は直ぐに再び一直線になって進みだした。
アツシはやっと立ち上がり、餌を持った蟻の進む方向に沿って歩き出した。
直ぐに蟻の行進は見えなくなった。
最終的に蟻が何処に行っているのか?アツシは庭の塀際の下を棒でつついてみた。
すると、途端に蟻達が四方八方にあふれ出してきた。
アツシは少しひるみ、後ずさった。
しかし、アツシは勇気を奮い起こし、再び蟻達が溢れかえるその穴を良く見ようと、近づいてしゃがんだ。
蟻達はアツシの存在など気に留めないようで、壊れた巣の中から小さな土を持っては外に出てきた。
蟻に反撃されない事で安心し落ち着きを取り戻したアツシは、蟻が小癪に思えてきた。
そしてその小癪な蟻にもう一撃を加えようと思った。
手に持った枝をびくびくしながら其の穴にねじ込んで・・・・・
と思ったら後ろの家の網戸の中から
「お昼ご飯よ~」
とママの声が聞こえた。
アツシは何か救われたような心持がし、手に持った枝をそこに落とし、蟻の巣に背を向けた。
アツシの頭の中には、お昼ごはんの事で一杯になっていた。
了
さすがにピラミッドは売ってはいないみたいですね。
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ダウンロード・オールナイト
年賀状の印刷作業を終え、ノートパソコンをシャットダウンする操作をすると、パソコンの画面に
「ただ今更新ファイルをダウンロード中です。電源は自動的に切れますので、電源を切らないでください。」
と出た。
「いつもの更新か・・・・」
と彼は思い、炬燵の上のみかんに手を伸ばした。
今年は150枚程度印刷したのだが、年々少なくなっていくような気がした。
みかんを口に放り込み、皮をゴミ箱に入れ、新聞を手に取り、テレビの番組表を眺めた。
年末のテレビには、彼の興味を引くような番組は無かった。
「年賀葉書でも出してくるか・・・・」
彼はそう思って炬燵から這い出し、寝巻きのジャージの上からピーコートを羽織って出かけた。
気持ちよく晴れていた。
「来年はどうなることやら・・・・」
そんな不安と心配がいくばくか癒されるような空の青さだった。
さすがに空気は冷たく、保温性のないジャージのズボンから風がすうすうと通り炬燵の余熱は冷めていった。
投函し、再び炬燵に戻り、ネットでもしようとパソコンを見るとまだダウンロード中であった。
「いやに長いな・・・・」
でもしょうがない。
彼はプリンタだけを外して片付け、パソコンはコンセントの傍の部屋の隅に移した。
再び炬燵に足を入ると、ちょうどサーモスタットが切れ、放熱版が赤くなり暖かくなった時だった。
何もする事が無いのを喜べるのは、月々の給与があるからだと思った。
座布団を枕に炬燵に首まで潜り込むと、眠たくなった。
彼は着ていたチャンチャンコを脱いで布団代わりに上にかけ、昼寝ときめた。
目を覚まし時計を見ると16時だった。
パソコンを見るとまだダウンロード中だった。あれから2時間も続いていることになる。
「切ってしまおうか?」
と思ったが、年末がパソコンの再セットアップで潰れても嫌なので、炬燵から出るのは嫌だったが2階の別のパソコンでネットをすることにした。
こちらでは別になんら問題はなく、更新も無いようだった。
気になってITニュースを見てみると新手のウィルスが流行っているらしい。
「感染するとパソコンをシャットダウンする画面が表示されたままになり、
それが8時間経過した時点で=ダウンロード・オールナイト=と表示されてようやくシャットダウンされる。
その後パソコンを立ち上げた時点でこのウィルスは自己消滅し、レジストリに感染記録を残すので二度と感染しない。」
というものらしい。
と言うことは、1階のパソコンが感染した疑いがあると言うことか。
彼は何か駆除できる対処法はないかとブラウザの検索ボックスにカーソルを移したがしかし、突然の大きな虚脱感が彼の手を止めた。
「別にどうでもいいではないか・・・あと6時間経てば消え去るのだから・・・・」
彼はそう思い、初詣に行く予定の、街の神社の名前を入力していた。
了
ダウンロード・オールナイトという語呂にひかれて
かいてみたもの。
当初予定していた明るい笑い話とは全く違う方へ行ってしまった。
まあ、明るく 明るく行きましょう。
と言うわけで、
キングレコード 私と小鳥と鈴と~金子みすずベスト~
黒い煙
堤防沿いの片側二車線道路。夜九時ともなればぐっと車両が少なくなり、制限速度の60キロは名目だけの数値になっていた。
1日街で働いた彼が先頭で信号待ちをしていると、次々と川向こうの土手から橋を渡って自動車が流れてくる。
ヘッドライトが後方へ勢いを増して流れていく。
車両が少なくなったと言っても、朝のように時速50キロそこらで繋がって走るのではなく、80キロ程度の速度で走れる程度の交通量だ。
言うなれば、全くストレスなく飛ばしていける道だ。
彼の後ろにも、次々と車両が詰まってきた。
彼は、カーステレオのCDを換え、ロンリーヒルの「ミスエデュケーション」を挿した。
スピーカから街の音が聞こえ出し、それがロンリーヒルの歌声に変わる頃、信号が青に変わった。
彼はファーストのギアにクラッチを合わせるとアクセルを踏み車を発信させた。
ヘッドライトが中央分離帯を照らし出した。
セカンドに入れる。
隣のクラウンが車両の前方を上に突き出しながらエンジンを吹かして前方へ離れていく。
直ぐに三速に入れ、四速、そして5速に入れる。
クラウンの後を大型ダンプが食らい着くようについていった。
大方、帰社を急いでいる運ちゃんなのだろう。
秋の冷たい夜風がロンリーヒルにあっているような感じだ。
空気が乾いているせいか、安物のステレオ音がワンランク上の音のように聞こえた。
確かに、いい音はいい。
堤防二車線を走り続けた。
途中再び信号に引っかかった。
先程の大型ダンプの後ろに、大きなジープが一台着いていた。
いつの間に抜かされたのだろうか。
それともわき道から出てきたのだろうか。
信号がダンプの陰になっているので見えない。
そろそろ青かなと思った頃に、動き出した。
ジープから吐き出された真っ黒な煙が見えたので窓を閉めた。
この先は1車線になる。
斜め前のワゴン車がジープの斜め前で左のウィンカーを出している。
ジープとダンプの間隔は1メートル程度だろうか。
ジープがブレーキを踏めば自分もブレーキを踏むだろうと彼は思った。
が、実際はブレーキを未だ踏んでいない。
ジープと彼の車も1メートル程度の間隔で、ワゴン車の割り込む余地は無かった。
ジープも未だブレーキを踏まない。テールランプは白のままだ。
彼は尚もジープの後ろにぴったりとついて走っていた。
ワゴン車は左のウィンカーを点けたまま次第に左に寄って行った。
ジープがけたたましくクラクションを鳴らした。
彼はブレーキを少し踏んだ。
なおもワゴン車はジープの前に強引に割り込もうとしていた。
もう少しで一車線なので、車2台がほぼ1車線に並んで走っている状態だった。
危険を感じた彼はブレーキを強く踏み、ジープとの間隔を広げた。
ワゴン車はジープの前しか目に入っていないのか、なおも強引に左に寄っている。
再びジープがクラクションを鳴らし、ワゴン車のテールランプが赤く点った。諦めたようだ。
そして直ぐにジープの後ろのスペースに気づき、彼の前に滑り込んだ。
彼は再びアクセルを踏み、ワゴン車の後に続いた。
彼の車のロンリーヒルはエックス-ファクターを歌い始めていた。
了
秋のドライブがモチーフ。
黒い煙にまかれないようにしたいものです。
小説はロンリーヒルのアルバム、効果音が秋の虫の鳴き声のように
響く事が知っている人には効果あり。
しかし、小説に音楽を登場させるのって結構プラスマイナスありますね。
ミスエデュケーション
軍隊
テレビのコマーシャルが終わりニュースの時間になった。
アナウンサーは
「緊急ニュースをお知らせします。」
と、なにやら動揺した様子で原稿を読み始めた。
「ただ今、わが国は、A国から宣戦を布告されました。よって憲法20010条題98項により、わが国の国民は
これより全員徴兵されることになります。」
そこまで一挙に読んだあと、テレビがFAXの信号音の様な不快な音を流し始めた。
それは30秒ぐらい続いた。
と、今まで鯖煮込み定食を食べていた労働者が箸を置いて急に立ち上がり、テレビに向かってかかとを鳴らして敬礼をすると、店を出て道路へ飛び出して行った。
道路にはこの労働者と同じように、何かを途中で切り上げて急いで出てきた人達で直ぐにあふれかえった。
路上の人々は、お互い何を話すでもなく暫く呆然としていたが、上空に一機のヘリコプターが見えるとその後ろをぞろぞろとついていった。
先程の鯖定食を食べかけていた労働者もその中にいた。
やがてヘリコプターは、災害時避難場所のヘリポートに着陸し、中から軍服を着た兵隊が5・6人降りてきた。
人々は、避難場所にぞろぞろと集まり続けていた。
兵隊はそれぞれに拡声器を手に持ち、先ほどテレビで流れていたFAX信号のような音を大音量で流し始めた。
すると人々は、それぞれの兵隊の前に、新兵よろしく鉛筆を立てたように一直線に綺麗に並び始めた。
誰も一言も喋らず、質問もしなかった。広場にザワザワと人々の足音だけがこだました。
最後の一人が並び終わってから、兵隊達の中で一番偉そうな人物がヘリコプターから降りてきた。
そして、俄かに作られた壇上に上ると手に持った拡声器を、静かに真っ直ぐに整列した人々に向けて、またもやFAX信号音を流し始めた。
すると、人々は銃を持っていない手で、銃の装填操作の練習を始めた。
「なかなかいいぞ。」
大佐は一人ごち、人々が一糸乱れぬマスゲームよろしく動く姿に感動を覚えていた。
「軍曹!」
「はい!大佐殿!」
「やはり最初の催眠は軍人魂の注入で正解だったな。見ろ!一糸乱れぬ動きを!
俺達だってこうは揃わない!」
大佐と呼ばれた男は、人々が同時ザッ!ザッ!ザッ!と音をさせながら動くさまを暫く眺め感慨に耽った。
そして再び軍曹へ、興奮して叫んだ。
「いいか!今日1日訓練すれば、立派な兵士だ。何より怒鳴って殴って教えなくていいのだからこんなに楽なことは無い。
後はお前に任す。
いいな!拡声器で教育音波を流し続けろ。
なに、これだけの人数だ。一人や二人駄目になってもかまわん。今日は徹夜で流し続けろ!」
「わかりました!大佐殿!」
「明日10時、我が隊はA国のB市へ突撃攻撃を敢行する。準備を怠るな!」
「わかりました!大佐殿!」
軍曹はかかとを鳴らしながら敬礼をした。
拡声器からは耳障りなFAX信号が流れ続け、鯖定食を途中で放り出してきた労働者は、銃の取り扱いの訓練を終わり、ロケット弾の訓練に移っていた。
大佐は軍曹達が設営した野営テントに入ると、テレビ電話で本部と交信を始めた。
「こちら、HJ隊。準備は滞りなく進行中。」
「こちら。本部。了解・・・・」
と、テレビ電話からはFAX音が流れ始めた。
了
前回のリライト編。
ほんと、楽天は何でもあるねえ。感心します。
野球の方はどうなりますか。がんば!
脂がたっぷり♪秋の鯖煮1切れ×5パック