男は、カーテンの隙間から入ってくる光に惹かれて窓辺に行った。
カーテンを開けると、無垢な太陽光が男の顔をくっきりと照らし出した。
男の目の中には、向かいのマンションの部屋の窓が小さく映っていた。その中に女の動く姿があった。
別に見ようと思って見た訳ではなく、自然と目に入ったのだと男は自分に言い訳をしたが、じっと見る目を閉じることはしなかった。
窓を開けると、夏の朝の澄んだ空気が部屋のよどんだ空気を正常に戻し、男は顔を洗いに行った。
男は会社からの帰り道、ショウウィンドウの望遠鏡に間が止まった。
別にいいじゃないかと一人つぶやいた。それがどっちの意味だったのか、男自身にも分からなかった。
買って帰ると、服の着替えもしないで、早速窓の外へ望遠鏡を向けてみた。
いろんな窓辺が見えた。
そのほとんどが、取り込まれていない洗濯物、ミニ菜園、締め切られたカーテンからもれる明かりだった。
男はほっとして、望遠鏡を空へ向けてみた。
星など見えるわけも無く、月がちょっぴり大きく見えるだけだった。
倍率が小さいので、クレータもどことなく不満足な見え方だった。
それから、望遠鏡は男から忘れ去られ、一週間もすればネクタイが数本かけられていた。
いつものように男は、カーテンを開けた。そしていつものように外を見た。カーテンの開いた部屋が男の目に留まった。
女がこっちに向かって何か手招きしているような、そんな感じだった。
男は、洗濯物をゴソット落として、望遠鏡を向けた。
ぼやけたピントを合わせると女の声が聞こえた。
「何してるの?」
「イヤ別に。」
男は答えた。
「前にも一度、見ていたでしょう?」
「まあ、そうだけど、別に見たんじゃなくて見えたわけで。」
男と女はしばらく話たあと
「今度食事でもしない?」
と女が誘ってきた。
男は困るわけでもなし、「うん」とうなずいた。
女は、「明日の夜に」と言ってカーテンを閉めた。
男はそれから毎晩、望遠鏡越しに女と話をし、女と食事をした。女が用意した食事を望遠鏡を見ながら箸でつまんで口に入れた。
男は、望遠鏡越しに女の居間に座っていた。
なかなか料理が上手なようで、男は美味しくいただいた。料理を褒めると女は、喜んでくれた。そして次の日にはもっとたくさんの品数を用意してれた。
男が料理を残すと女は悲しんだ。男は、朝昼を食べなくなり、女の所で夜だけ食べるようにした。
男もその方が栄養のバランスが取れる食事が出来るので助かった。
そのうち、男は望遠鏡越しに女の部屋に泊まるようになった。そして朝になったら、自分の部屋に戻り会社へ出勤した。
「最近急に痩せましたね。」
男は同僚に言われ、そういえばと自分自身を見てみた。栄養のバランスが取れているのと、精神的にも満たされているからだと思った。
一週間が経つころには、男は女との結婚を考えるようになり、望遠鏡に右目を当てて男は女に言った。
「結婚しようよ。」
「いいわよ。」
と望遠鏡の中の女は答えた。
男が会社に出てこなくなって二週間が過ぎ、警察が男の部屋を調べたところ、部屋には望遠鏡があるだけだった。
了