歩いていた彼は崩れるように突然倒れた。
周りには誰もいなかった。彼は声を出そうとした。が、出なかった。自分の心臓がまるでそこらへんで太鼓を鳴らしているように聞こえた。
彼は、ゆっくりと仰向けに体の位置を変えた。かろうじて息ができるようになった。
ゆっくりと上着のチャックを外し、体を楽にした。
久しぶりに見る青空だった。死ぬのかなと思った。たぶん狭心症だろう。医者が水分だけは切らすなといっていたのを思い出していた。
彼は名残惜しそうに目を閉じた。
しかしまだ呼吸は続いていた。
誰も通るような予感は無かった。
しばらく冬眠でもしたように彼は動かなかった。ゆっくりとゆっくりと鼓動が整うのを待っていた。いや、願っていた。
やがて彼は目を開けた。その目には血がにじんでいた。生きたいという意志が噴出していた。
彼はゆっくりと立ち上がり、地面を確かめた。
自分の足が動くことを願いながらゆっくりと家のほうに歩き出した。小さな石ころでも邪魔に思えた。
たぶん今まで生きてきた中で一番がんばっている瞬間じゃなかろうか。彼はそう思いながら、痛む胸を押さえながら歩いた。
行く手の信号が赤になった。
車は通り過ぎ、彼のためには一台も止まるつもりは無いようだった。
辛抱強く彼は待った。こんなに辛い待ち時間はいままではじめてだ、と思った。
青になり、ゆっくりと横断歩道を歩いた。
家まであと少しだ。
そこで彼は気づいた。家ではなく反対方向の病院に行かなきゃいけないことに。
そして、道の真ん中できびすを180度返して彼は病院へ方角を変えた。
多分彼は助かるだろう。