春の匂い

まだ古い家並みが残る商店街を、一升瓶を荷台に乗せて自転車をこいでいる若い娘がいた。
その娘の背上に、まだ雪をまとった稜線がくっきりと空を切り取っている大山(ダイセン)が見える。
山肌は、絶壁の岩が春の太陽に青く輝き、刻み込まれた残雪が白く光っている。
まだ、20、2・3過ぎぐらいだろうか。
娘は東京の大学を出てから、ここ故郷の酒屋を継ぐために戻ってきた。
東京で就職をすることは考えはしたが、四方をコンクリートで囲まれた場所で働き続けることには自信がもてなかった。
それに、故郷には娘の幼馴染がいた。
「ごめんください。お酒、置いておきます!」
ある旅館の調理場に、若い娘の声が響いた。
「ご苦労様!」
白い調理服を身につけた若い男が答えた。
男は、濡れた手を手ぬぐいで拭きながら、娘の顔を見た。
「祥(ショウ)ちゃん、よく漕ぐねえ。重たくはないかい?」
娘の嬉しそうな目を見れば、この若い男が娘の幼馴染に間違いなかろう。
「もう慣れましたから。それに、自動車に乗り出すと、きりが無いでしょう。
近くは出来るだけ、自分の足で行くことにしているの。」
「それにしても、坂道もあるのに。ずいぶん鍛えられた?」
「まあね。見て、このふくらはぎ。」
祥子(ショウコ)は、ジーンズから白いふくらはぎをだして、自慢げに若い男に見せた。
「すごいね。俺よりすげーや。」
「今日のお昼は何にするの?」
娘は若い男に「まかない」をたずねた。
「今日か。今日は刺身の残りの、あらの煮付け。食べていく?」
「りょうちゃんがよければ。」
男の名は、亮と言う。
祥子と亮の間には、変な気遣いも無ければ、男と女の気まずい間もなかった。
娘にとっては、それが歯がゆかったたが、亮が一人前の料理人になり旅館の跡取りになるほうが重要だった。
亮の父親は女癖が悪く、亮が中学の時に女と駆け落ちし、以来連絡が無い。
それからは、母親一人で従業員10人の旅館を支えている。
そんな事があってか、亮は中学高校と荒んだ学校生活を送った。
が、高校を出たあと、何処かの料亭で仕事を叩きこまれ、帰ってきた時にはすっかり角が取れ、好青年になっていた。
今は、板長の下で、料理の勉強に励み、女将からは営業を教え込まれる忙しい日々だった。
「お待たせ。」
亮は、磨きこまれたステンレスの調理台に、まず板長のものを先に、それから祥子の膳をだした。
「今日は、生姜を効かせて、煮汁を餡かけ風にしてみました。
あらは、骨が細いので、一旦揚げてそのまま食べられるようにしています。」
板長はうなずいて、まず一口、口にした。
亮よりも祥子のほうが真剣に板長の顔をのぞいている。
「いいんじゃないか。もう少し大胆に、生姜を効かせてもいいかもしれんな。
生姜が油をさっぱりと仕上げている。
まずまず。」
「ありがとうございます。」
亮はお辞儀をした後、自分の物を始めてよそい、食事を共にした。
「美味しかったわ。」
祥子は自転車を押しながら、亮に言った。
「まあね。ありがとう・・・・・まだまだだけど。」
調理場から、商店街の通りまで、亮は祥子を送って一緒に歩いていた。
亮は、何かを決めかねた様子だったが、祥子が自転車に乗った時
「今度、弁当作って見るからさ、食ってみてくれないか?」
と言った。
「いいわよ。じゃあ、今度の月曜日、亮のお弁当でピクニックね。」
「そうだな。」
「楽しみねぇ。どこにする?私が決めていい?」
「うん。」
「どこにしようかなぁ。決めたら連絡するね。じゃあ。」
幾分早口でそう言うと、祥子はペダルを自慢のふくらはぎで漕ぎだした。
亮も
「じゃあ。」
と、片手を挙げて答えた。
祥子の漕ぐ自転車は、すぐに春の新芽の匂いに包まれた。

恋の始まりっぽいものが
上手に書けたら楽しいでしょうねえ。
と、書いては見ましたが、どうでしょう?
まだまだですか・・・・・。
さて、以下は
「楽天で、まさか、魚の煮付けは売っていないよなー?」
と思って検索してみたら、
意外にも良く売れているようで、
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