老い

老いる。
しかし、トレーニングを行えば老いた筋肉は成長する。
しかし、若いようにはいかない。
なので、傷めすぎてはいけない。
だが、弱すぎてもいけない。

適度に、
壊れない程度に。
強く。
継続する。
楽しく。

しかし、同じスタートでも直ぐに離される。
何とかなるものではない。
羨望を抱く時、本当の老いを知る。

そして、老いという言葉が殻となって過去のプライドを守っている。
俺、おっちゃんだなぁ。

紛失

無いものに気が付く。
冷や汗が出る。
座り込む。

やっと記憶を巻き返し探し始める。
一体どこで失くしたのだ。
ひょっとしてこの下に?
どけてみるが何もない。

例え記憶の片隅から探し出したとしても
誰かが拾って、持ち去ったかもしれない。

それってとっても大事なものなのか?
失くしたら大きな損害が生じるのか?
それほどでもあるまい。
わずかな損害。
ちょっとした不運。
対応できる出来事。
許容範囲。

やっと失くしたものから気持ちを切り替え始めるが、
いつまでも想う。
次第に大切なものに変わっていく。

ブルべの夜明け

 峠を越え、真っ暗で寒いダウンヒルをやり過ごし、街の入り口の信号で止まった。
サイコンを見ると340km。
あと60kmちょっとでゴール。
赤い信号機の向こうの空が少し青くなっている。
ライトのバッテリーが心配だったが、もうすぐ夜明け。
青に変わりチェックポイントのコンビニへ滑り込む。
 ホットラテを注文する。
レシートをクリップでブルべカードに留めて、時間を記入する。5時23分。
 外に出ると先ほどより明るくなっている。夜明けか。
消された星空を見ながら飲んでいるとヘッドライトが眩しいライダーが
「おはようございます~。」
と、滑り込んできた。
ロードバイクを立て掛けて、ライトを消すと彼の目も空に向けられた。
「明けますね。」
「ええ。下り寒かったですね。」
と答えると、
「無茶苦茶・・・ハハハ」
と笑いながらがコンビニに入っていく。
山の端が赤くなってきた。
今回何個目かのブラックサンダーを一口かじる。
ホットラテを飲む。
単純に美味い。
そして夜明けが美しい。
コンビニから出てきたライダーが、
「寒いけど綺麗ですね。」
とビックサイズの熱い飲み物を飲み、パンをかじった。
「朝はパン派ですか?」
「はい。」
と彼は言った。

金魚

小さい水槽の中に金魚が三匹。
子供が、夏祭りでジジババに買ってもらった三匹は、11月になっても元気に餌を食べている。

自分が子供だった頃、同じようにお祭りで赤い金魚を買ってもらったことがある。
勿論、金魚すくいのオマケ、つまり一匹もすくえなかった残念賞。
自分の子供も同様に、オマケの三匹だ。

家に帰って洗面器に金魚を放すと、周りを調べるように金魚は泳ぐ。
上から眺める、揺らめく金魚はとなんとも涼しげで心地が良い。
しかし、二三日すると金魚は死んでしまう。
餌をやった記憶はないし、エアーを水に送り込んだ記憶も無い。
川から取ってきた水草を入れたくらい。
金魚は庭の隅に埋められて、夏が終わった。

子供心に、これでは金魚は生き続けられないと、どこかで思った記憶があり、
自分の子供の金魚には出来るだけの事はしてやろうと、
ホームセンターで金魚の飼育セットを買って餌も買ってきた。
その甲斐あって今まで生きている。

なかなかに面倒なもので、金魚の糞はスポイドで取ってやらなければならず、
たまにはエアレーションのフィルターを掃除、水換え、たまの時間が潰れるのは事実だ。
けれども生き物、子供も自分も含めて、同じように生きているのだなと改めて思う。
小さい水槽の世界でしかないが、金魚は夏に比べて大きくなっている。

好き

好きなこと。
ご飯を食べる事が好き。
暖かい布団で心安らかに寝るのが好き。
好きなことをずーとすることが好き。
疲れたら休むことが好き。

嫌いなこと。
食べたいものが食べられない。
寒くて汚い五月蝿い場所で寝ること。
嫌いな事をずーとすること。
疲れを我慢すること。

大根ろの種

「大根ろの種」は隣に知らない大根の種がある事に妙に気になった。このまま成長して芽を出すと、葉が、隣とかぶる事は必死だ。と言うわけで「大根ろの種」はあせって芽を出し、その隣の種よりも早く成長しようとした。そのおかげで少しばかり隣の種よりは早く大きく成長し、昼間少しばかり多くの太陽を浴びることができた。光合成が活発に行われ、細い根は徐々に成長していた。
丸っこい双葉の間から、ギザギザの大きな葉がでてきて、大きくなっていった。
ある晴れた日、「大根ろの種」の隣の苗は、いきなり人間の手で抜かれ、畑の草木のゴミの中に捨てられた。日々の成長への努力が「大根ろの種」を生き抜かせたことに違いなかった。
朝の冷たい露の水を葉に受け、「大根ろの種」はますます成長していった。既に丸っこい双葉は消えて、ギザギザの大きな葉が幾枚も生え、その下の根も少しばかり太さを持ちつつあった。
天気のよい昼間、蛾が卵を産みつけようと飛んではくるが、防虫ネットがしっかりと防いでくれたおかげで葉は完全体で日光を受けることができた。しかし、 「大根ろの種」は少しばかり他の大根の葉の下になる部分が多くなってきた。他の大根より土の栄養が少し足らなかったかも知れない。もしくは、遺伝的に少し葉が小さいのかもしれなかった。
そしてよく晴れたある日、防虫ネットが外され、 「大根ろの種」は人間の手によって抜かれた。
葉は立派だが、まだ根は細く、直径は0.5センチにも満たなかった。人間は少しばかり「大根ろの種」を見つめた後、籠の中に放り込んだ。

彼の夢の中の彼女

夢を見ている。
彼は自分でそれを分かっていたが、彼の目の前には、20年も昔の学生の頃、思いを寄せていた彼女がいた。
夢の中で彼が作り出した彼女は、現実に彼の心臓の鼓動を早めていた。
何か話をしている。彼女は、にこりと彼に微笑む。
昔は、デートを何回かしたけれど、それ以上の関係にはならなかった。
彼の恋心は、彼女の何か違う方向を見ている笑顔によって、それ以上進まなかった。
でも今、夢の中では彼女と彼の望む関係になっているようだった。
目が覚めると、夢の内容は、そんな曖昧な記憶しか残らなかったが、真っ暗な部屋の布団の中で、心臓だけはドクドクト音を立てていた。
彼が寝返りを打って、枕元の時計の緑色のスモールランプを付けると、2時過ぎだった。
彼は再び布団の中に潜り込み、誰にも知られない夢を求めて目を閉じた。

宇宙船屋

宇宙船屋が、飛びつくように電話に出た。しかし、非常に落ち着いた声で、ゆっくりと
「ありがとうございます。宇宙船屋です。」
と受話器に向かって喋った。
大体の客は、第一声で、落ちるかどうか決まる。
 感じの良し悪ししか素人は判断基準を持たないと言うのが、長年この商売をしてきた、彼、宇宙船の製造から販売まで手がける宇宙船屋の持論だ。
 後は、客を如何に気持ちよくさせるか。
 ある客は割引、他の客は安全性。オプション、お買い得感等、客が一番欲しい答えを与えてやればよい。しかし、それが一番難しい。
「宇宙船なのだが・・・・・」
「はい、当社は製造から販売まで行っておりますので、何なりとご相談ください。」
「ま、一台買おうと思っているのだが、中型船でいくら位からあるかな?」
これは、お買い得を重視する客で、結構面倒しいかもしれないと思った。
値段はオプションに左右される。少しでも安いものを、お得に買おうとすれば、自ずとあれこれ付けたり引いたりする必要がある。こういう客には、こちらから決めてやらなきゃいけない。
 面倒だ。
「ご予算は如何程でございましょうか?実用性と快適性を兼ね備えたものとなれば、ワンクラス下げてクラス最高のものを。実用性だけならワンクラス上のものを皆さん考えられます。」
「ま、予算は・・・・・」
そらきた。はっきりしないのだ。
「そうですね、よく売れるものは300Gクラスです。お値段は250万からですね。」
「へー。今度見に行ってもいいかな。」
 後、時間がかかったが無事ご購入。めでたしめでたし。
 「何しろ宇宙船だから、安全性と快適性を兼ね備えていなきゃ。あいつの言うように、ワンクラス落としていい買い物ができた。」
と、購入者のR氏は月の裏側軌道を航行中、漆黒の中の星を眺め、ワインを傾けて思った。アテは、スルメだ。
 「そういえば・・・・スルメは宇宙船には厳禁って言ってたっけ?確かに、言っていたよね。」
 R氏は、宇宙船屋に電話をかけた。 
「え、スルメを持って行ったんですか?それはいけません。保証外となります。では・・・」
電話は向こうから切られた。
 しばらくすると、R氏の乗った宇宙船は月の裏側の軌道を外れ、銀河系の外へ外へと流れだした。R氏は思いつく限りの連絡先に、何度も電話をかけたが誰も出てくれなかった。
「スルメを宇宙では食べないで下さいね。もし食べると誰とも話せなくなります。そして誰とも会えなくなります。」
と言ってはいたが、まさか本当だとは・・・・・
 その頃、宇宙船屋は、スルメを口に銜え、次の宇宙船の鋲をハンマーで打っていた。

不安

不安に追われ目が覚める。
まだ、暗い。時計の明かりをつけると、まだ4時だ。目覚ましが鳴るまでまだ3時間ある。
だが目を閉じても寝られない。
不安と心配が沸き起こり、頭を蹴飛ばし続ける。
新聞配達の車の音と、ポストの音が聞こえる。
いつもと変わりのない日が始まろうとしているが、己だけは疲れの上に疲れが溜まり、寝られない日々が続いている。
おまけにプリンタの具合も悪くなってきた。
イベントビュアで原因は分かったが、USBアダプタを交換しないといけないようだ。
また、下らない作業で時間が食いつぶされる。
そう、いつも決まって、下らない邪魔が入るのだ。
負のスパイラルに二層式の洗濯機の渦のように吸い込まれ、ガンガンまわされ続けると頭の回転力も落ちてくる。
オーバーワークなのだ。スケジュールは一杯一杯だ。いつ、交換するのだ?
世の中に、今の状況は演繹できる。つまりこういうことだ。
「できるやつが、より多くの事を行い、できないやつは、できるやつに助けられて、より小さなことを行う。」
総理大臣と町長を比較してみれば分かる話ではないか?
いや、己のなすべき事をしているだけである?
しかし、オーバワークだとしたら?
大統領がオーバーワークで、ちょっと待ってくれと、思考を停止したら?
核バッグを預かるのをちょっと待ってくれ。休憩させてくれと言ったら。いや、言えたら?
結局は、「へたれ」と言われるだけだろう。同情してもらっても何も救いにはならない。
言い訳を述べたところで、何にも役には立たない。いや、言い訳という言説で、嘘を言われ、なお期待を抱かさせるのは真っ平だ。
「今度は上手くいきます?」
今、世界が終わろうとしているのに、今度を任せられるのだろうか?
人生は、それぞれ、そんな人生を送るべくして送っているとすれば、ホームレスから総理大臣まで、あがいたって無意味なのかもしれない。
上の階へ行こうとしても、自ずとそこには限界と言うものがある。
それは、二人が同時に総理大臣になれないように、皆が金持ちにはなれないのだ。
貧乏人がいて金持ちがいる。
金持ちは、貧乏人が金持ちになることを拒否するのだ。
それは、望むか望まないかの原因ではなくその様な仕組み、構造になっているが故なのだ。
そして敵を作る事を覚悟して言うならば、貧乏人は金を望んでいないのだ。
どこかで、こんなものだろうと納得してしまっているのだ。
俺がそうなのか?
翻って考えよう。
不安に追い回され、閉塞した状況に常に置かれ続けている今、俺はどうすればいいのか?
リタイヤするのか?
いや、多分それは得策ではないだろう。誰も無料のエレベータには乗せてはくれない。
この悪酔いしそうな、おんぼろバスには無理にでも乗り続けるしかないだろう。
行き着く先が何処であれ、今は乗り続けるしかないのだ。
「今は」に、閉じ込められた監獄から見える僅かな青空のような希望を込めて。
この眠れない現状は続けるしかない。
くたくたになって、へとへとになって、24時間計算し続け、歩き回り、お金を拾って歩く。
そして、文句を言われ、けなされ、見下されそして、愛想をつかされる。
いいではないか!
それが、そうなるべくして、そうなったのだから。
運命なのだ。
布団の上から自分を見下ろし、自分がそう言った。
そしてまだ、眠れない。