少年とバイオリン

煙突から白い煙が見える、モンマルトルのアパートの一部屋で、譜面を前に少年がバイオリンの練習をしている。
少年の前には、先生らしき中年の紳士が厳しい表情で、耳に音を傾けている。
「そこ!もう一度!」
少年は、急いでバイオリンの弓を弾きなおす。
「違う!もっとゆっくり。」
先生は、自ら弾いて聞かせる。
先生の弾くバイオリンの音は荘厳で、音に伸びがあった。そして静かに消えていく。
バイオリンの音は静かな森の音に似ている。
存在することに、何の不思議もなく、太古の昔からそこにあった空気の震え。
それらが、霧のごとく流れるように、音を作っていく。
少年は、その魅力に引かれてバイオリンを始めた。
しかし、最初は製材所のノコギリの様な騒音でしかなかった。
この先生に教えてもらい始めて、やっと、森の音に近づけた気がした。
少年はもう一度、あごでバイオリンを押さえ、指に神経を使いバイオリンの弓を弾く。
静かに、先生はうなづき、少年は続けた。
やがて今日のレッスンが終わり、先生は帰っていく。
少年は、母親の作ったランチを食べて再び、一人でバイオリンを弾き始めた。
少年は目を閉じ、音に集中しながら、慎重に弓を弾いた。
すると、何処からか飛んできたてんとう虫が一匹、バイオリンのf字孔のなかにすっぽっと入ってしまった。
そして、もう一度と・・・弾き続けた所、急に綺麗な音が出るようになった。
少年は何かコツを掴んだのだと思い、嬉しくなって母親に聞かせに台所へ行った。
「すばらしい!」
母親は息子を抱き寄せた。
それから少年は数々のコンクールで優勝し、やがて青年になり、誰もが認めるコンサート・マスターになった。
その間、バイオリンは次々と変わったが、あのてんとう虫が入れ替わったのかは分からない。
青年は今日もコンサート会場の万雷の拍手を背に一日を終えた。
ホテルの部屋に戻り、ワインを飲んでくつろいでいると、青年のバイオリンから一匹のてんとう虫が這い出してきた。
青年は気づく気配もなく、快い疲れのなか、ソファーで寝てしまっていた。
てんとう虫は、磨かれたバイオリンの表面をするりとすべり落ちると、ふっと羽根を広げて飛び立った。
ホテルの部屋をしばらく飛び交ったあと、カーテンのゆれる窓へ飛んで行き、夜のパリへと消えていった。
次の日、青年はコンサートの練習でその異変に気がついた。
音につやがなく、何かが足りない。バイオリンを取り違えたのかと思ってみたが、青年のバイオリンだった。
指揮者は、眼鏡の奥から青年を怪訝な目で見ていた。
青年は調子が出ないと言い、今日の練習を早々に止めてホテルに帰った。
そして、ホテルの部屋で、まるで悪夢でも見ているように、顔は青ざめ、何度もバイオリンを震える手で弾いてみるのだった。
「違う・・・・・」
青年は、頭を抱え、ソファーへ体を沈めた。
開け放たれた窓から、春の夜の生ぬるい風が入ってきた。そして、その風に乗って、一匹のてんとう虫が入ってきた。
青年はかすかな羽音に気づき、顔を上げた。
その方向へ目をやると、そのてんとう虫は青年のバイオリンのf字孔の中へすっぽりと飛びこんだ。
青年はあわてて、バイオリンを手にして振ってみたが、コトリと音もせず、中にてんとう虫の気配もなかった。
「どこかにへばりついているのか?」
と思ったが、壊すわけにもいかず、青年は試しにバイオリンを弾いてみた。
すると、今までの不調が嘘のように、音はつややかに流れ、部屋の空気を森に変えた。
青年は、あごからバイオリンを外し、不思議な物でも見るようにバイオリンもう一度見た。
そして、初めてこの音を弾いた日の、母親が作ったランチを思い出していた。

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