麦藁帽子の下で

休日の早朝、夜のうちに洗い終わった洗濯物を干しに二階へ上がり、ベランダの窓を開けると
新鮮な空気が肺の中にわっと入って来て一気に目が冷めた。
ふと下を見ると、スリッパの横に、仰向けになって死んだカナブンが転がっていた。
洗濯物を干し終わり、カナブンを転がしておくわけにもいかず、両手でスリッパを持ち、カナブンを挟んで下の芝生の庭に落とした。
直ぐに蟻が見つけて、持ち去るだろう。
朝のコーヒーを飲み新聞を読んだ後、芝生の草むしりをするために、ジャージに着替えて麦藁帽子をかぶり庭へ出た。
朝日が既に昼の日差しのように暑く、ジャージの上から皮膚に染みてくる。
まずは、蚊取り線香に火をつけた。
次に物置で、ゴム手袋をはめ、除草ホーク(草抜きの道具で、先がホーク状に二つに分かれた物で、片手で扱うもの)と、草入れの塵取りを持った。
物置の前から順次、草を抜いていく。
しゃがんだままの姿勢であるが、慣れているのでそう足には来ない。
最初は蚊が寄ってくるが、辺りに蚊取り線香の匂いがする頃には何処とはなしに逃げて、いなくなる。
この頃、6月の草は、双葉を出している小さな物が多い。
と言っても、隔週ぐらいに草むしりをしているからなのだが。
緑の濃い芝生の隙間から、幾分薄い緑の二葉を小さく出している。
除草フォークで根から抜き取り、塵取りへ放り込んでいく。
余りに小さなものは、面倒なので次回の草むしりへまわす。
クローバーが、30センチ平方メートル程の大きさに繁茂している箇所にでくわした。
この草は厄介だ。
抜こうとしても、ぷっつりと茎が切れて根が残り、上だけが取れる。
また、放っておくと横にツルのように根を伸ばし、芝生と競うように繁ってくる。
まさに、その放置した後の繁茂状態だ。
根気よく根を探していくわけにも行かず、手当たり次第に芝生ごと削り取っていく。
この時、除草ホークは大活躍だ。
てこの原理で、強い芝生の根もブツリブツリと、諸共にクローバーを削り取っていく。
湿った茶色の土が現れてくる。
そんな作業を延々と行っていると、作業視野に朝のカナブンの死骸が入ってきた。
未だ蟻も見つけていないらしい。
ゴム手袋の手で掴み、蟻がよくいる樫の根元へ放った。
と、地面へ落下する刹那、死んでいたはずのカナブンが、羽根を広げ、全速力で羽ばたき、急上昇して見えなくなった。
ゴム手袋の手には、カナブンの四肢の抵抗があった様な微かな感覚が残っていた。釣り上げた魚を手で掴んだ時の様なものか。
恐らく、仮死状態だったのが急に目覚めたのに違いない。
しかしながら本当は、この世界でも起こりうる、小さな奇跡なのかもしれない。
麦藁帽子の下で、そんな事を考えつつ・・・草むしりを再開した。
背中には既にじっとりと汗が滲んでいた。


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