牛乳タンクローリー

幾分長い信号待ちから、信号が青に変わってしばらく走ると、私の車は、鏡のように磨かれたタンクローリーのタンクの後ろを走り始めた。
緩やかなカーブで、タンクの横に「・・・牛乳」の文字が見えた。
この辺りにある牧場から牛乳をしこたま積んで出てきたらしく、重たそうだ。
タンクはステンレス製で、その表面は辺りの景色を映しこんで光っていた。
前を見ると、自分が運転している姿がタンク後部の凸面に写り込み、流れる車窓と共に見えていた。
タンクローリーの凸面を見ながら運転していると、実際の運転の感覚がずれそうになる。
運転ゲームでもしているような錯覚が襲ってくる。
そのたびに周りへ視線を移し、現実にアクセルを踏んでいる感覚を取り戻した。
それでも、田舎の一本道を走っているせいか、タンクの中に吸い込まれそうになる。
タンクとの距離を余計に取って離れても、凸面の中の自分が小さくなるだけで依然として見えていた。
いや、見てしまっていた。
信号で止まると、嫌でも鏡を覗くように自分を見た。
運転席に座ってハンドルを握っている姿を自分では見たことがないので余計に気になるのか、いよいよ凝視してしまう。
タンクが動き出し、自分自身を見ながらアクセルを踏んで行く。
ふと、自分がタンクの鏡の中から自分を見ている気がした。
危ない、と思いアクセルを戻すと、遠ざかった。
嫌な感覚が背中を襲った。
タンクの中に閉じ込められ、運転しているのは映った影だった。
タンクから離れないように慎重にアクセルワークを行い、どうしようかと考えた。
まだ目的地は遠い。
そうこうしている内に、車がトンネルに入った瞬間、ふっと、体が車のシートに戻っていた。
急いでスピードを落とし、ハザードを点けると、追いした別の車がタンクとの間に入って行った。
トンネルを抜けると、さっき追い越した車が、タンクローリーにぴったりと、磁石で引っ付いたように走りながら遠ざかった。
私はゆっくりと、路肩に車を寄せて停車した。
自分の手をハンドルから離して、じっくりと手のひらを見た。
指を指でつまんでみた。
不確かな肉体感覚が、そこには存在しているようだった。


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19時発のバス

プルプルプル・・・プルプルプル・・・
携帯電話の呼び出し音が耳障りに聞こえた。
音は、鞄の中から取りだされ、さらに大きくなった。
プルプルプル・・・
「はい。あたし。エー!」
19時発のバスは街の中で人々を吸い込み、通路には隙間なく人が立ち、堤防の上の道路を、ベットタウンへ向けて走っていた。
切られる様子のない携帯電話に、窓際に座っていたサラリーマンが
「うるせー」
と、見えない声へ声を上げた。
「ヤベー。切るよ。あはは・・・」
「だってサー・・・・」
電話ではなくても、女達の声が騒がしく続いた。
「うるせー」
サラリーマンはもう一度言った。
他の乗客は黙って、暮れかけた車窓に目線を送っていた。
バスの運転手が
「他のお客様のご迷惑になりますので、車内ではお静かに願います。」
と、細部がよく聞き取れない車内放送をした。
「ヤベーよ。ははは・・・・」
「それでサー」
女達は、少し声を落として続けた。
と、プルプルプル・・・プルプルプル・・・
再び、電話の呼び出し音がした。
女が電話のボタンを押して耳に当てると、コトンと電話が床に落ち、女は消えた。
女の連れは、床に落ちた電話を拾い電源を切ってポケットに入れた。
停留所に止まったバスの扉がプシューと開き、おばあさんが上がって来た。
座っていた乗客の一人が席を立ち、おばあさんがそこへゆっくりと腰を落とした。
運転手は、ミラーの中でそれを確認し、
「・・・ご注意ください・・・」
と、ゆっくりとバスを発車させた。
車窓に見える家々の窓には、明かりが点き始めていた。

お疲れ様の一日に・・・

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ビジネスホテル

「いらっしゃいませ。」
21時。
うっすら髭の生えた男の受付が、事務的に対応を始める。
私は名前を言って、チェックインを行う。
「代金は先払いとなっております。」
と言われる。
先払い・・・・
どこか信用されていないような感じを受ける。でも、最近はその方が多いのかもしれない。
昔、水戸黄門でよくあった、旅籠代の到着が遅れ、店の手代として働かされる黄門様。
テレビの中では楽しそうに、廊下の拭き掃除をしていた。いや黄門様は風呂焚きか?
私は、その水戸黄門の中で、日本手ぬぐいが、部屋の手拭掛に掛けられた光景を思い出していた。
さて、代金を払いキーを受け取り、部屋へ向かう。
自分の荷物は自分で運ぶ。出張で、スーツに、いつもより多くの物を突っ込んでいるのでより重たく感じる。
ここは、ビジネスホテルなのだ。
部屋に入ると、ドアの直ぐ後ろに、20センチ以上蹴上がらなくてはいけない、風呂とトイレのユニットバスがあり、そこを二歩で通り過ぎると
壁にへばりついた机と、ベットがあった。
机とベットの間は30センチぐらいか?
鞄をその隙間の床に置き、どこでくつろげば良いのか部屋を見回してみるが、椅子はない。
汗みどろのままベットに座るわけも行かず、服を1個しかないハンガーに吊るし、風呂に入ることにした。
裸になって、風呂に入る前、トイレを使うが、
便器に座ったら出入り口のドアに、右足がぴったりとくっつき、足を充分に開けない狭さだ。
左肩の直ぐ横にも小さな洗面台があり、便器にはまったように用を足す。
先程の洗面台で手を洗おうとすると、列車のトイレ備え付けの洗面台とまでは行かなくとも、小さい。
その小ささに合わせて、手を細かく動かして洗う。それでも水が外に跳ねて、神経が休まらない。
バスタブに入って、石鹸を探すがボディーソープしかなく、仕方なく泡立ちの悪いそれで洗う。
体を小さくしながら洗い終わり、洗面台で歯お磨こうと、アメニティーの歯ブラシを空けて使ってみると、太い釣り糸の束で洗っているような感覚を覚える。
とりあえず体を拭いて部屋に戻るが、室温は高いままで、どうも自分で調節が出来ないらしい。
備え付けのスリッパも、風呂上りの汗で濡れ、ひっついてくる。
止まらない汗を、無駄に大きいバスタオルで拭き拭き、さっきコンビにで買った缶ビールを開けて喉に流しこんだ。
テレビをつけてみる。
ベットにやっと腰を落とし、しばらく汗を乾かし、ビールを飲む。
ベットでは寄りかかれる所がなく座りが悪い。
暑いので窓を開けようと思って見てみたが、ここ数年動かした跡がないようなホコリを見て止めた。
500mlのビールは空っぽになった。
次に、旅では不足する野菜を採るために、野菜ジュースを空けて胃に流し込む。
そうこうする内、やっと汗が下火になり、下着を着けて、ベットの上で初めて横になる。
ベットの上掛けがマットレスの下に挟み込まれているのを引きずり出して、寝返りが打てるようにする。
テレビは地元の今日のニュースを流している。
チャンネルをまわしてみるがこれと言った興味を引く番組はなく、有料チャンネルも見てみるが、直ぐに視聴は終わった。
家で見るテレビとは違う?
テレビ画面が目の前にあるので、疲れ目にはきつい事に気づき、消す。
今日の仕事を思い出し、明日もきつくなるだろうと想像する。
この部屋で休むしかないのだが、疲れが取れるような気がしない。
ふーっと息を抜いてみるが、部屋の狭さで跳ね返ってくるような感覚がする。
ホテルの廊下を、運動部の学生の団体か?妙な敬語で話し、笑いながら歩く音が部屋のドアの直ぐ外に聞こえる。
隣の部屋の咳払いが聞こえる。
仕方なく、観もしないテレビをつける。
部屋の明かりを消して、跳ねるベットに横たわる。
やれやれ・・・・・。
明日も大変だ。
夜中に目が覚め、時計を見てみると、2時を過ぎた頃だ。
寝汗をかいているので、下着を替える。
部屋の外の廊下から、笑い声と、ドアをコツコツ叩く音、次にバタンと閉める音がしては消えていく。
どうやら、学生達は楽しい夜を過ごしているらしい。
それから、私は便所にはまって用を足し、机に足をぶつけながらベットに戻り、眠れないままの目をそれでも閉じて、うつらうつらと朝を迎えた。

昔ながらの手拭掛け。
昔は、お客さん用に用意してある家が多かったようです。
便利です。

手拭掛け443yk

ボクサー

ドス!
俺のボディーに、入れやがった。
ちくしょう!いいセンスしていますねえ。
右、右!
なかなか手ごわいやつだ。
いや、手ごわいに決まっている。
なんたって、世界ランカーだもんな。
俺は、普通の格下ボクサー。
バス!イテ!。
ジャブ当ててくるねえ。
俺も、反撃。
右、左。ドス!
当たったぜ。
でも、効いてねえな。
俺もそんなに効いてねえけど、痛いよな。
足はまだまだ動くねえ。
セコンドが何か言ってらあ。
何?聞こえねんだよ。
やってるのは俺。
横から口出すなって!
グワン!イテ!
鼻、ぶちやがった。
鼻血出ちゃうよ。もう!
俺もお返しだ。
グワン。くそ!
外されてカウンターもらっちまった。
あれ?
足がふらつく?
やべえやべえ。
距離を取ろう。
シュシュ!
ほら。
いいジャブ入ったぜ。
俺だってそこそこやるんだって。
ハアハア。
結構、息があがってきたか?
鼻血出ちゃ、息が苦しくなるからな。
まあ、未だ出てねえようだ。
そろそろ。
カーン。
おお、ラウンド終了か。
俺が座ると、セコンドが水、ワセリン、パンツ、肩、
F1のピットさながらにメンテナンスしていく。
「いいぞ。この調子で攻めていけ。やられたら距離。いいな!」
おやじさんが耳元で叫ぶ。
しかし、なんでこんな因果な商売しちまったんだろうな。
これしか出来ねえと言えば、納得するかもしれんが。
殴って殴られて。
まあ、どんな商売も一緒か?
「ジャブ。効いてるか!」
おやじさんに聞いてみる。
「ああ、効いてる。お前のジャブ効いてる。」
もっと、俺を褒めろって。
たださえ弱気になっちまうんだから。
いつか言ってやろう。
カ-ン。
さて、仕事だ。
シュシュ!
ジャブ!ジャブ!。
おら!おら!
逃げてんじゃーねえぞ!こら!
バス!
うっつ!
バス!
おおおお。
目に力が入らねえ。
おい!
おいら、何で座ってんだ?
レフリー手ばっかり振るなって!
仕事、終わったか?
情けねーな。
そう言えば、ファイトマネーいくらだっけ?
次、次。
仕事だもんな。
しょーがねえ。
ふーーーー。

仕事ってタイヘン。
ゲームは、楽しい。
Wii Sports ボクシングできるようです。

Wii Sports

仙人の願い

昔々、ある貧しい男が、道端の老人の物乞いに、自分のお昼のおにぎりを恵んでやった所
「これは有難い。願いを三つかなえてやろう。」
とその物乞いが言った。
貧しい男はどうせ嘘のなのだからと思い、
「たくさんの金が欲しい。」
と言った。
老人はおもむろにエイ!と呪文を唱えた。
すると、貧しい男の懐が急に重たくなった。
財布を取り出してみると今まで見たことない黄金が、財布一杯になっていた。
「次は?」
と老人は涼しい顔をして言った。
貧しい男は
「美人で、気立てがよく、何でもてきぱきこなせて金も稼げる、俺に惚れている女房が欲しい。」
と言った。
「条件が多いな。まあ、よしとしよう。」
老人は、またしてもエイ!と呪文を唱えた。
すると向こうの道から綺麗な女性が歩いてきて、貧しい男に向かって
「あなた。今日の晩御飯は何にしようかしら?」
と言った。
どうやら小汚い老人は、世に言う仙人らしく、貧しい男も今度ばかりは本当に信じた。
そして最後の願いを何にするかと考え始めた。
この手の話は良く聞いたことがある。
最後の願いで今までの願いが全て無駄になると言うオチではなかったか?
だとすると、最後は何にするべきなのか?
永遠の幸せを願うか?
いや待て。
そんなことは誰にも定義できやしない。
独身で貧乏な方が幸せと言う偉人だっていたはずだ。
で、あれば・・・・。
そうか!
と、男はひらめいた。
打ち出の小槌がなければ宝は出ない。じゃあ打ち出の小槌を作ってしまえば永遠に宝は出し放題。
要するに、俺が仙人になっちまえば済む話じゃないか?!
いや、ちょっと待て。
仙人といえばこの爺さん。いかにも小汚い。
じゃあ、今の俺の状態でままで仙人になれば良かろう。
そうして貧しい男は
「俺を、お前さんのような貧しく小汚い仙人ではなく、若々しく富める仙人にしてくれ。」
と言った。
すると、小汚い仙人は即座にエイ!と呪文を唱えて貧しい男を仙人にした。
あっけなく仙人になれたので、若者はとても喜んで老人に礼を言った。
「礼などとんでもない。ワシの方が礼を言いたいほどだ。」
と老人は長年の夢が叶ったかのうように、顔の深い皺をくしゃくしゃにして、満足げに微笑んだ。
不審に思った男が理由を聞くと老人は
「いやいや、不老不死と言うのは本当に疲れるもんだよ。いつ終わりが来るのだか・・・・永遠の命とは退屈の極みでしかなかった。」
と言った。
「なかった?」
「そう。仙人の決まりで、仙人を止められるのは代わりの仙人を見つけた場合に限られているからね。」
老人はそう言って立ち上がり、尻のホコリを手で払った。
「永遠の命と、何でも出来ることがそんなに不幸だとは思えないが?」
仙人になった男はさらに問いかけた。
「欲望というものはたかが知れているもので、1000年もすれば、毎日が昨日の繰り返しのように感じ出すのさ。
全てに飽きてしまう。すると俺のように道に座っているぐらいしかやることがなくなる。そんな姿を、人は瞑想と言うけどね。
そして、お前さんのようなものを見つけては、三つの願いを試してみるんだ。お前さん何人目だか・・・・2000までは数えたが、止めてしまった。
古今東西のこの手の話は、仙人が繰り返し繰り返し、脱仙人を試みた結果が流布しているだけの話なのさ。」
「信じられないが・・・・」
男は手に入れたばかりの宝物が、実は・・・・と言われても全くぴんとこなかった。
「まあ、楽しくやりなされ。」
そう言うと老人はよぼよぼと歩き出し、立ったまま見送る男の視線からやがて見えなくなった。
それから、仙人となった男は自分の思いのままの生活を始めた。
100年、200年・・・・。
男は夢のような暮らしを続けた。
そして・・・・・1000年後。
男は道端に仙人のような格好をして物乞いをしていた。
「こういう格好をしていないと、誰も恵んではくれないか・・・・。
恵んでくれなきゃ願いもかなえてやれず・・・・まあ格好なんざどうでもいいけど・・・・とにかく退屈だ。
一眠りしよう・・・・」
仙人になった男は一人ごちた。

仙人になりたい話は芥川龍之介「杜子春」が有名。
でも、仙人ってそんなになりたいか?
と子供心に思ったか?

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