ツァラトに弟子のアイヘンが尋ねた。
「師は諸国から仕官を請われていますが、全て断っています。どうして仕官しないのですか?」
それに対し、ツァラトは
「昔々、村人に酋長への就任を請われた賢人が言った。」
と語り始めた。
「貴方方は忘れてはいけない。私が強く貴方方に請われて酋長になることを。
そして、これから先必ず貴方方は私を石の礫(つぶて)で追い払うことを。」
「そんな事は絶対にない!未来永劫貴方がこの村の酋長だ!」
村人達は声をそろえて賢人に言った。
賢人は目をつむって考えた。
しばらく沈黙が流れ、村人の視線はいっそう強く賢人に注がれた。
やがて賢人は目を開けて
「一年。一年間だけ引き受けよう。」
村人達は狂喜乱舞し、7日間の宴が開かれた。
その歳の春は暖かく、宴会の頭上には桜が満開だった。
それから1ヵ月、長引く梅雨に村人は頭を抱え始めていた。
「これでは作物が育たない。どうすればよいのか?」
賢人の所に村人は教えを請いに集まってきた。
賢人は、
「この雨は必ず上がり、夏が必ずくるので心配は要らない。
それよりも崖下や、沢の近くに住んでいる人は万が一のことがあるので集会場や、親戚の家などに非難するように。」
と言った。
その日の夜、激しい雨が降り、がけ崩れが起き、避難していた村人は助かった。
村人達は賢人をよりいっそう敬った。
梅雨がようやく終わり夏が来た。
しかし中々暑くなりきらず、農作物の成長は遅れた。病害虫がはやりだした。
再び村人は賢人の元へ集まり、教えを請うた。
「畝の溝をより深く掘り、排水を良くしなさい。また、一番良く生った物は来年の種として食べないで取って置きなさい。次第に冷害に強い作物になっていくだろう。」
村人は賢人の言うとおり、溝を深く掘り、排水を良くしたおけがで根ぐされ等はなく飢饉にはならなかった。
益々賢人への尊敬は強くなり、中には神さまとして拝むものさえ出だした。
例年より早く秋になると、野山の果実は色づき、少ないながらも収穫を祝った。
「賢人様。来年はこれよりももっと多く収穫できるかな?」
村人が問うた。
「それは分からない。天のみ知る。」
賢人はそう答え、村人が酌む杯を飲み干した。
賢人の好むと好まざるとに関わらず村人は賢人を崇めた。
秋が終わり、冬がやってきた。
村から見える北の山に雪が積もるころ、村人達は少ない収穫を少しずつ食べ、寒い冬を耐えすごした。
村に雪が深く積もる頃、ある村人が賢人に助けを請うた。
「食べ物を全部食べてしまい、来年に蒔く種も食べてしまった。どうすればよいか?」
「他の村人は余裕は無いながらも充分に冬を越せる。どうして貴方は越せないのか?」
と賢人は問うた。
「分かってはいてもお腹いっぱい食べたいのでつい食べてしまった。」
ツァラトはそこまで語って
「アイヘンならどうする?」
と、アイヘンに尋ねた。
アイヘンはしばらく考え
「村人を集め、幾ばくかの食料を村人達に分けてもらいます。」
「それが良かろう。して、罰はどうする?」
「村の仕事をやらせます。」
「それも良かろう。」
ツァラトは話を続けた。
賢人は村人を集めアイヘンが言ったように食料を分けてもらった。
そして男に
「3日ごとに私の所へ食料を取りに来なさい。また、食料を分けてもらった分、村の仕事を無償で行いなさい。」
と言った。
「なるほど。そうすれば全部食べてしまっても3日ごとだから大丈夫ですね。
でも、どうしてそんな賢人が村から追い出されるのですか?」
と、アイヘンは尋ねた。
「そこなんじゃ。」
村人達は賢人のそんなやり方にいたく感心して益々尊敬したが、中にそんな賢人を快く思わなかった人達がいた。
それまで村を治めていた者達は、賢人が敬われれば敬われる分逆に、村人達から蔑まれるようになっていった。
お株が下がってしまったのじゃ。
そうなると、このままでは納得しないものが出てきて終には賢人のよからぬ噂を流し始めた。
よからぬ噂は村人達の間に直ぐに広まり、賢人はつるし上げにあってしまった。
賢人がいくら弁明しても全く相手にされず、結局賢人は村人達から石を投げられつつ村を去って行った。
「と言う結末じゃ。」
「よからぬ噂は何だったんですか?」
「賢人が3日ごとに与える食料から少しずつ抜き取って横領したと言う噂だよ。
愚人はそう言えば食料をもっと多く貰えると言われてそう証言した、と言うことは誰でも思いつく事だと思うが、
村人は賢人の悪い噂を決して止めようとはしなかった。詰まるところ、噂の中身はどうでも良かったのじゃ。」
「なるほど・・・・そういう性向はありますね。」
とアイヘンは頷いた。
「千慮一失。賢人は予言どおり石の礫(つぶて)で追い払われたというわけじゃ。」
了
物語の中の物語。
こうすることで、より自由に物語に介入できる。
子曰く・・・・・
古典は上手に書いているなと思いますね。
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