「いらっしゃいませ。」
21時。
うっすら髭の生えた男の受付が、事務的に対応を始める。
私は名前を言って、チェックインを行う。
「代金は先払いとなっております。」
と言われる。
先払い・・・・
どこか信用されていないような感じを受ける。でも、最近はその方が多いのかもしれない。
昔、水戸黄門でよくあった、旅籠代の到着が遅れ、店の手代として働かされる黄門様。
テレビの中では楽しそうに、廊下の拭き掃除をしていた。いや黄門様は風呂焚きか?
私は、その水戸黄門の中で、日本手ぬぐいが、部屋の手拭掛に掛けられた光景を思い出していた。
さて、代金を払いキーを受け取り、部屋へ向かう。
自分の荷物は自分で運ぶ。出張で、スーツに、いつもより多くの物を突っ込んでいるのでより重たく感じる。
ここは、ビジネスホテルなのだ。
部屋に入ると、ドアの直ぐ後ろに、20センチ以上蹴上がらなくてはいけない、風呂とトイレのユニットバスがあり、そこを二歩で通り過ぎると
壁にへばりついた机と、ベットがあった。
机とベットの間は30センチぐらいか?
鞄をその隙間の床に置き、どこでくつろげば良いのか部屋を見回してみるが、椅子はない。
汗みどろのままベットに座るわけも行かず、服を1個しかないハンガーに吊るし、風呂に入ることにした。
裸になって、風呂に入る前、トイレを使うが、
便器に座ったら出入り口のドアに、右足がぴったりとくっつき、足を充分に開けない狭さだ。
左肩の直ぐ横にも小さな洗面台があり、便器にはまったように用を足す。
先程の洗面台で手を洗おうとすると、列車のトイレ備え付けの洗面台とまでは行かなくとも、小さい。
その小ささに合わせて、手を細かく動かして洗う。それでも水が外に跳ねて、神経が休まらない。
バスタブに入って、石鹸を探すがボディーソープしかなく、仕方なく泡立ちの悪いそれで洗う。
体を小さくしながら洗い終わり、洗面台で歯お磨こうと、アメニティーの歯ブラシを空けて使ってみると、太い釣り糸の束で洗っているような感覚を覚える。
とりあえず体を拭いて部屋に戻るが、室温は高いままで、どうも自分で調節が出来ないらしい。
備え付けのスリッパも、風呂上りの汗で濡れ、ひっついてくる。
止まらない汗を、無駄に大きいバスタオルで拭き拭き、さっきコンビにで買った缶ビールを開けて喉に流しこんだ。
テレビをつけてみる。
ベットにやっと腰を落とし、しばらく汗を乾かし、ビールを飲む。
ベットでは寄りかかれる所がなく座りが悪い。
暑いので窓を開けようと思って見てみたが、ここ数年動かした跡がないようなホコリを見て止めた。
500mlのビールは空っぽになった。
次に、旅では不足する野菜を採るために、野菜ジュースを空けて胃に流し込む。
そうこうする内、やっと汗が下火になり、下着を着けて、ベットの上で初めて横になる。
ベットの上掛けがマットレスの下に挟み込まれているのを引きずり出して、寝返りが打てるようにする。
テレビは地元の今日のニュースを流している。
チャンネルをまわしてみるがこれと言った興味を引く番組はなく、有料チャンネルも見てみるが、直ぐに視聴は終わった。
家で見るテレビとは違う?
テレビ画面が目の前にあるので、疲れ目にはきつい事に気づき、消す。
今日の仕事を思い出し、明日もきつくなるだろうと想像する。
この部屋で休むしかないのだが、疲れが取れるような気がしない。
ふーっと息を抜いてみるが、部屋の狭さで跳ね返ってくるような感覚がする。
ホテルの廊下を、運動部の学生の団体か?妙な敬語で話し、笑いながら歩く音が部屋のドアの直ぐ外に聞こえる。
隣の部屋の咳払いが聞こえる。
仕方なく、観もしないテレビをつける。
部屋の明かりを消して、跳ねるベットに横たわる。
やれやれ・・・・・。
明日も大変だ。
夜中に目が覚め、時計を見てみると、2時を過ぎた頃だ。
寝汗をかいているので、下着を替える。
部屋の外の廊下から、笑い声と、ドアをコツコツ叩く音、次にバタンと閉める音がしては消えていく。
どうやら、学生達は楽しい夜を過ごしているらしい。
それから、私は便所にはまって用を足し、机に足をぶつけながらベットに戻り、眠れないままの目をそれでも閉じて、うつらうつらと朝を迎えた。
了
昔ながらの手拭掛け。
昔は、お客さん用に用意してある家が多かったようです。
便利です。
手拭掛け443yk