ジャコメッティの猫

その猫は、うなぎの寝床のように細長い、彼の家の庭へ、開けはなれた正門から入り、
庭の芝生の淵のレンガの上に音も無く足を運び、当然のように頭を前に向け、髭を風になびかせ、耳ですばやく辺りの音をとらえながら
幾分ふてぶてしく歩くのであった。
彼はその猫が、否、多分その猫が庭の隅にフンをする猫に違いないと思った。
その時の彼は、寝転んで昨日のTVの録画を見ていたものだから咄嗟に起き上がり、網戸をガラリと引き開けて
「シッ!」
と叫んだ。
猫、その白地に、茶色のぶち模様のその猫は一瞬で動きを凍らせ、いつでも飛び出せるように体制を落として彼に振り返り、彼の威嚇を受け止めた。
その猫の目は、彼をじっと静かに見つめた。
彼はいつもなら、さらに「シッ」と足を踏み鳴らし、最後通告を行うのだがその日はなぜかそれを行わなかった。
猫は依然、ピクリとも動かないで彼の方を見つめたままだ。
彼も、窓枠に手をかけて動かなかった。
もし、彼がその手を少しでも動かせば猫は低い体制から氷を溶かしたように、音も無く動き出すだろうと思われた。
しかし、彼は動かなかった。
そして猫も、毛一本すら動かさなかった。
部屋の中では、HD録画機が昨日の録画したTVドラマを、まるでこの事態に無関心をよそうように勝手に再生していた。
彼はその事が気になりだした。
と、彼の気が緩んだのか、それを猫が察したのか、猫は緊張を解きゆっくりとジャコメッティの猫のように再びレンガの上に足を進め、
そして、一瞬前足をそろえたかと思うと垂直に飛び上がり、隣の家の塀の上へ上った。
彼はそれを見届けると、もうそれ以上かかわる必要は無いと判断し、網戸を閉めた。
その時彼の頭には、もう猫のことはなく、幾分すべりが悪い網戸の事があった。
彼が録画を戻すボタンを押した時、外ではさっきの猫が
「にゃお~」
と鳴き、隣の家の庭にトンと舞い降りた。
彼は網戸に油を注そうかと思ったが、すべりが良すぎると台風の強風で煽られた時に網戸がスコンスコンと動いてしまうと思い直し、それを忘れた。
そして、戻し過ぎた録画を再生ボタンを押して再生し出した時、彼の中に再びジャコメッティの猫のように歩く猫が想起された。
猫はといえば、もう何処へ行ったのか、行方はわからなかった。

「自由な形式で書く」
「書きたいように書いてみる」と・・・・・思い書いてみたものです。
最近の精神状態が垣間見られるようです。
うーん・・・・・・

アルベルト・ジャコメッティー 本質を見つめる芸術家

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