翌日起きると何時ものように飯を食べたが、それから後が続かない。
直ぐに謹慎を言い渡されるわけではないので、これと言ってやることが無い。
うるさい城に行かなくて良いと思えば助かるのだが。
やはり釣りかな。
家老(佳平・かへい)は、昔一通りそろえていた釣り道具を出してみた。
きちんとしまっていたので不具合はなさそうだった。
妻に釣りに行ってくると言って出かけた。
朝、何時もの登城道とは違う道を歩くと自然違うものが見えた。
足取りもゆっくりだ。やらなければならない仕事も無い。
胸の痞えが無いとはこのように気楽なものか。
川沿いの土手に出て暫く上流に向かって歩くと小さな淵がある。
そこが昔からの釣り場であった。
誰もいない静かな水面に糸を垂らした。
朝日が頬を温めた。
ちょうどよいころ合いの石があったので腰掛けた。
昼飯に二匹ぐらい釣れればよかろう。
ぼんやりとしていると手に魚の引きを感じた。
あっけなく一匹釣れ、二匹目も程なく釣れた。
昼にはまだ時間があった。
さて・・・・・・
こうして一人黙ってぼんやりしていると、日頃の自分がいかに余裕をなくしていたかがよく分かった。
日々右から左へ物事を処理するだけのでこれといって目標というものが無い。
歳をとってこう感じるのは自分だけなのだろうか。
そのうち登城が嫌になってきた頃に、嵌められたというわけだ。
昨今職があるだけでもありがたいとは思う。
街には食い詰め浪人が居るし窮状を見ると・・・・贅沢を言ってはいられなかった。
まあしばらくは骨休め・・・・・
帰り支度をしているとこちらに向かってくる若侍が三人あった。
三人は日頃佳平の下で働いてきた者達だった。
「佳平様、光機(みつき)家老の横暴を諫めていただけるのは佳平様しかありません。何としても戻っていただきたい。」
若侍の一人が佳平に言った。
「そう申してもな。相手のあること故そう簡単にはまいるまい。それにこうしてのんびりするのも悪くない。」
「佳平様。そのような悠長な・・・」
「腹は立つが立てたところでどうしようもあるまい。まずは事の成り行きを見るしかあるまい。
勢いついている猪を止めるには骨が折れる。止まるのを待つ方がよい。」
「では、いずれと思ってよろしいので」
「ま、そうなろうて」
佳平にそういわれ若侍三人は黙った。
「さ、謹慎になる者に近付かない方がよい。」
佳平は若侍三人とは別の道で自宅へ帰った。
「さて、どうするか。」
放っておこうと思い気が晴れたのは半日のみだったようだ。
奴等の事を考えるとどうにかしなければならない。
が、気力が沸かない。
そこで佳平は、日頃親しくしている分家の付家老に手紙を書き若侍三人をよろしく頼む事にした。
光機家老も分家には口出しできまい。