黒い鳥

街の中心の、背の一番高い杉の木に留まった黒い鳥は大きな嘴を開き、
「夜が明けるぞ!」
と赤い舌を振るわせながら鳴いた。
すると何処からともなく、蝙蝠(コウモリ)の大群が飛来し空を埋め尽くした。
黒い鳥は依然として鳴き続けた。
蝙蝠は黒い鳥の頭上を中心にして、渦を巻くようにぐるぐると旋回し出した。
やがてその中心に一層暗い穴が開き始めた。
その穴は周りの光をぐんぐん吸い込み、夜の光全てを吸い込もうとしているかのようだった。
黒い鳥の頭の毛が逆立ち始めた。
東の山の端が薄っすらと白ぎ始めた。
空中の真っ黒なその穴はその光さえも吸い込む勢いで、街中の光を吸い込み続けた。
「夜が明けるぞ!」
黒い鳥はけたたましく鳴き続けた。
やがてその真っ黒な穴は空中から徐々に速度を増し、竜巻が地上に降りるように黒い鳥の頭上へ降りてきた。
穴と黒い鳥が接した瞬間、黒い鳥はその穴の中へ飛び立った。
黒い竜巻は一瞬で上昇し上空に戻ると、渦を巻いて飛んでいた蝙蝠は一瞬で回転を止め四方へ飛び去った。
その刹那、東の山の端からは日の光が輝き、今まで闇に浮かんでいた樫の木を一光の下に浮かび上がらせた。
黒い鳥が留まっていた枝には早くも雀が舞い降りようとしていた。

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空中の散歩

「よし。次!」
教官らしき人物が私に言った。
私は、ひょいと飛び上がると、両手で空気をかき、上昇していった。
風はなく、すいすいと斜め上に昇っていく。
後ろの方では
「おお!」
と感嘆の声が聞こえた。
気分が良かった。
暫くすると、谷に差し掛かった。
地面では、地が白で襟だけが赤色の学校の体操服を着た女の子が、走ってこけて泣いていた。
体育の時間だったっけ?
と、大きな松の木の天辺に差し掛かりこのままではぶつかるので急いで手をばたつかせる。
すると、くいっくいっと上昇し、松ノ木の天辺を通り越せた。
まだまだ上昇できそうだ。
すると、下から私を見上げていた友人の純一が
「お前、結構上に昇れるんだな。」
と言って、手をばたつかせて昇ってきた。
「おれはこれが限界かな。」
と、体育館の屋根の上の辺りでとまっていた。
「ああ・・・・そう。」
と私は得意げに答え、依然として上に昇っていった。
このまま宇宙まで行けるのかも知れない。
そう思って空を見ると、青がだいぶ濃くなってきた。
この前テレビで見たような成層圏ではないかと思った。空気が薄くなってきたのかもしれない。
だったら手をばたつかせても、空気抵抗が減るのだからもう上には昇らないだろう。
と思ったが、依然として上に昇って行った。
止めようとしても止まらない。むしろ空気抵抗が少なくなって加速したようだ。
だんだん息が苦しくなってきた。
光る星がちらちらと見え出し、私は
「助けてくれー!」
と声にならない声で叫んでいた。
と、次の瞬間、底が外れたかのように落下しだした。
加速がぐんぐん加わり、私は体を縮こませるしかなかった。
力の限り手を握り締め、歯を噛み締めた。
地面にブツカル!
が、ふわっと体が止まった。
「あんまり調子に乗るなよ。」
教官の太い腕が私の体を受け止めたようだった。
私は恥ずかしくなり、他の皆が真っ直ぐ並んでいる列の後ろに急いで座った。
「よし、次!」
教官が言うと、次のものがひょいと飛び上がり、手をばたつかせて空へ昇って行った。


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蟻(あり)

庭の隅、草の間を縫うように蟻達が餌を持って歩いている。
それを、麦藁帽子の下で屈んで見ていたアツシは、もう30分ぐらい動かない。
次々に違う蟻が餌を持ってアツシの下を横切っていく。
延々と続く規則正しい蟻の列は、アツシにピラミッドの工事をする労働者達を思い起こさせた。
街の図書館で読んだ「ピラミッドの不思議」の挿絵がアツシの脳裏に浮かんでいた。
アツシは小さな木の枝で一匹の蟻をつついてみた。
蟻は迷惑そうにその木をよけたが、直ぐに線路の上を走る列車のように、元の通り道に戻って進んだ。
今度はその枝を横倒しにして、蟻の通り道に置いてみた。
蟻は餌を持ってその枝を乗り越えようとするが、体制が整わないのか、登るのは無理みたいだった。
だんだん蟻が枝の前に溜まって来た。
興味深そうにアツシはそれを見ていた。
すると一匹の蟻が枝に沿って歩き出し、枝の端までくるとそこで向こう側に回り、また元の通り道へ辿り着いた。
それに続いて他の蟻も枝を迂回して歩き出した。
枝の前の溜まっていた蟻は直ぐに再び一直線になって進みだした。
アツシはやっと立ち上がり、餌を持った蟻の進む方向に沿って歩き出した。
直ぐに蟻の行進は見えなくなった。
最終的に蟻が何処に行っているのか?アツシは庭の塀際の下を棒でつついてみた。
すると、途端に蟻達が四方八方にあふれ出してきた。
アツシは少しひるみ、後ずさった。
しかし、アツシは勇気を奮い起こし、再び蟻達が溢れかえるその穴を良く見ようと、近づいてしゃがんだ。
蟻達はアツシの存在など気に留めないようで、壊れた巣の中から小さな土を持っては外に出てきた。
蟻に反撃されない事で安心し落ち着きを取り戻したアツシは、蟻が小癪に思えてきた。
そしてその小癪な蟻にもう一撃を加えようと思った。
手に持った枝をびくびくしながら其の穴にねじ込んで・・・・・
と思ったら後ろの家の網戸の中から
「お昼ご飯よ~」
とママの声が聞こえた。
アツシは何か救われたような心持がし、手に持った枝をそこに落とし、蟻の巣に背を向けた。
アツシの頭の中には、お昼ごはんの事で一杯になっていた。

さすがにピラミッドは売ってはいないみたいですね。

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ダウンロード・オールナイト

年賀状の印刷作業を終え、ノートパソコンをシャットダウンする操作をすると、パソコンの画面に
「ただ今更新ファイルをダウンロード中です。電源は自動的に切れますので、電源を切らないでください。」
と出た。
「いつもの更新か・・・・」
と彼は思い、炬燵の上のみかんに手を伸ばした。
今年は150枚程度印刷したのだが、年々少なくなっていくような気がした。
みかんを口に放り込み、皮をゴミ箱に入れ、新聞を手に取り、テレビの番組表を眺めた。
年末のテレビには、彼の興味を引くような番組は無かった。
「年賀葉書でも出してくるか・・・・」
彼はそう思って炬燵から這い出し、寝巻きのジャージの上からピーコートを羽織って出かけた。
気持ちよく晴れていた。
「来年はどうなることやら・・・・」
そんな不安と心配がいくばくか癒されるような空の青さだった。
さすがに空気は冷たく、保温性のないジャージのズボンから風がすうすうと通り炬燵の余熱は冷めていった。
投函し、再び炬燵に戻り、ネットでもしようとパソコンを見るとまだダウンロード中であった。
「いやに長いな・・・・」
でもしょうがない。
彼はプリンタだけを外して片付け、パソコンはコンセントの傍の部屋の隅に移した。
再び炬燵に足を入ると、ちょうどサーモスタットが切れ、放熱版が赤くなり暖かくなった時だった。
何もする事が無いのを喜べるのは、月々の給与があるからだと思った。
座布団を枕に炬燵に首まで潜り込むと、眠たくなった。
彼は着ていたチャンチャンコを脱いで布団代わりに上にかけ、昼寝ときめた。
目を覚まし時計を見ると16時だった。
パソコンを見るとまだダウンロード中だった。あれから2時間も続いていることになる。
「切ってしまおうか?」
と思ったが、年末がパソコンの再セットアップで潰れても嫌なので、炬燵から出るのは嫌だったが2階の別のパソコンでネットをすることにした。
こちらでは別になんら問題はなく、更新も無いようだった。
気になってITニュースを見てみると新手のウィルスが流行っているらしい。
「感染するとパソコンをシャットダウンする画面が表示されたままになり、
それが8時間経過した時点で=ダウンロード・オールナイト=と表示されてようやくシャットダウンされる。
その後パソコンを立ち上げた時点でこのウィルスは自己消滅し、レジストリに感染記録を残すので二度と感染しない。」
というものらしい。
と言うことは、1階のパソコンが感染した疑いがあると言うことか。
彼は何か駆除できる対処法はないかとブラウザの検索ボックスにカーソルを移したがしかし、突然の大きな虚脱感が彼の手を止めた。
「別にどうでもいいではないか・・・あと6時間経てば消え去るのだから・・・・」
彼はそう思い、初詣に行く予定の、街の神社の名前を入力していた。

ダウンロード・オールナイトという語呂にひかれて
かいてみたもの。
当初予定していた明るい笑い話とは全く違う方へ行ってしまった。
まあ、明るく 明るく行きましょう。
と言うわけで、

キングレコード 私と小鳥と鈴と~金子みすずベスト~

黒い煙

堤防沿いの片側二車線道路。夜九時ともなればぐっと車両が少なくなり、制限速度の60キロは名目だけの数値になっていた。
1日街で働いた彼が先頭で信号待ちをしていると、次々と川向こうの土手から橋を渡って自動車が流れてくる。
ヘッドライトが後方へ勢いを増して流れていく。
車両が少なくなったと言っても、朝のように時速50キロそこらで繋がって走るのではなく、80キロ程度の速度で走れる程度の交通量だ。
言うなれば、全くストレスなく飛ばしていける道だ。
彼の後ろにも、次々と車両が詰まってきた。
彼は、カーステレオのCDを換え、ロンリーヒルの「ミスエデュケーション」を挿した。
スピーカから街の音が聞こえ出し、それがロンリーヒルの歌声に変わる頃、信号が青に変わった。
彼はファーストのギアにクラッチを合わせるとアクセルを踏み車を発信させた。
ヘッドライトが中央分離帯を照らし出した。
セカンドに入れる。
隣のクラウンが車両の前方を上に突き出しながらエンジンを吹かして前方へ離れていく。
直ぐに三速に入れ、四速、そして5速に入れる。
クラウンの後を大型ダンプが食らい着くようについていった。
大方、帰社を急いでいる運ちゃんなのだろう。
秋の冷たい夜風がロンリーヒルにあっているような感じだ。
空気が乾いているせいか、安物のステレオ音がワンランク上の音のように聞こえた。
確かに、いい音はいい。
堤防二車線を走り続けた。
途中再び信号に引っかかった。
先程の大型ダンプの後ろに、大きなジープが一台着いていた。
いつの間に抜かされたのだろうか。
それともわき道から出てきたのだろうか。
信号がダンプの陰になっているので見えない。
そろそろ青かなと思った頃に、動き出した。
ジープから吐き出された真っ黒な煙が見えたので窓を閉めた。
この先は1車線になる。
斜め前のワゴン車がジープの斜め前で左のウィンカーを出している。
ジープとダンプの間隔は1メートル程度だろうか。
ジープがブレーキを踏めば自分もブレーキを踏むだろうと彼は思った。
が、実際はブレーキを未だ踏んでいない。
ジープと彼の車も1メートル程度の間隔で、ワゴン車の割り込む余地は無かった。
ジープも未だブレーキを踏まない。テールランプは白のままだ。
彼は尚もジープの後ろにぴったりとついて走っていた。
ワゴン車は左のウィンカーを点けたまま次第に左に寄って行った。
ジープがけたたましくクラクションを鳴らした。
彼はブレーキを少し踏んだ。
なおもワゴン車はジープの前に強引に割り込もうとしていた。
もう少しで一車線なので、車2台がほぼ1車線に並んで走っている状態だった。
危険を感じた彼はブレーキを強く踏み、ジープとの間隔を広げた。
ワゴン車はジープの前しか目に入っていないのか、なおも強引に左に寄っている。
再びジープがクラクションを鳴らし、ワゴン車のテールランプが赤く点った。諦めたようだ。
そして直ぐにジープの後ろのスペースに気づき、彼の前に滑り込んだ。
彼は再びアクセルを踏み、ワゴン車の後に続いた。
彼の車のロンリーヒルはエックス-ファクターを歌い始めていた。

秋のドライブがモチーフ。
黒い煙にまかれないようにしたいものです。
小説はロンリーヒルのアルバム、効果音が秋の虫の鳴き声のように
響く事が知っている人には効果あり。
しかし、小説に音楽を登場させるのって結構プラスマイナスありますね。

ミスエデュケーション

軍隊

テレビのコマーシャルが終わりニュースの時間になった。
アナウンサーは
「緊急ニュースをお知らせします。」
と、なにやら動揺した様子で原稿を読み始めた。
「ただ今、わが国は、A国から宣戦を布告されました。よって憲法20010条題98項により、わが国の国民は
これより全員徴兵されることになります。」
そこまで一挙に読んだあと、テレビがFAXの信号音の様な不快な音を流し始めた。
それは30秒ぐらい続いた。
と、今まで鯖煮込み定食を食べていた労働者が箸を置いて急に立ち上がり、テレビに向かってかかとを鳴らして敬礼をすると、店を出て道路へ飛び出して行った。
道路にはこの労働者と同じように、何かを途中で切り上げて急いで出てきた人達で直ぐにあふれかえった。
路上の人々は、お互い何を話すでもなく暫く呆然としていたが、上空に一機のヘリコプターが見えるとその後ろをぞろぞろとついていった。
先程の鯖定食を食べかけていた労働者もその中にいた。
やがてヘリコプターは、災害時避難場所のヘリポートに着陸し、中から軍服を着た兵隊が5・6人降りてきた。
人々は、避難場所にぞろぞろと集まり続けていた。
兵隊はそれぞれに拡声器を手に持ち、先ほどテレビで流れていたFAX信号のような音を大音量で流し始めた。
すると人々は、それぞれの兵隊の前に、新兵よろしく鉛筆を立てたように一直線に綺麗に並び始めた。
誰も一言も喋らず、質問もしなかった。広場にザワザワと人々の足音だけがこだました。
最後の一人が並び終わってから、兵隊達の中で一番偉そうな人物がヘリコプターから降りてきた。
そして、俄かに作られた壇上に上ると手に持った拡声器を、静かに真っ直ぐに整列した人々に向けて、またもやFAX信号音を流し始めた。
すると、人々は銃を持っていない手で、銃の装填操作の練習を始めた。
「なかなかいいぞ。」
大佐は一人ごち、人々が一糸乱れぬマスゲームよろしく動く姿に感動を覚えていた。
「軍曹!」
「はい!大佐殿!」
「やはり最初の催眠は軍人魂の注入で正解だったな。見ろ!一糸乱れぬ動きを!
俺達だってこうは揃わない!」
大佐と呼ばれた男は、人々が同時ザッ!ザッ!ザッ!と音をさせながら動くさまを暫く眺め感慨に耽った。
そして再び軍曹へ、興奮して叫んだ。
「いいか!今日1日訓練すれば、立派な兵士だ。何より怒鳴って殴って教えなくていいのだからこんなに楽なことは無い。
後はお前に任す。
いいな!拡声器で教育音波を流し続けろ。
なに、これだけの人数だ。一人や二人駄目になってもかまわん。今日は徹夜で流し続けろ!」
「わかりました!大佐殿!」
「明日10時、我が隊はA国のB市へ突撃攻撃を敢行する。準備を怠るな!」
「わかりました!大佐殿!」
軍曹はかかとを鳴らしながら敬礼をした。
拡声器からは耳障りなFAX信号が流れ続け、鯖定食を途中で放り出してきた労働者は、銃の取り扱いの訓練を終わり、ロケット弾の訓練に移っていた。
大佐は軍曹達が設営した野営テントに入ると、テレビ電話で本部と交信を始めた。
「こちら、HJ隊。準備は滞りなく進行中。」
「こちら。本部。了解・・・・」
と、テレビ電話からはFAX音が流れ始めた。

前回のリライト編。
ほんと、楽天は何でもあるねえ。感心します。
野球の方はどうなりますか。がんば!

脂がたっぷり♪秋の鯖煮1切れ×5パック 

モノラルとステレオ

私がラジオを聴いていると、友人がやってきて、
「モノラルは古臭くていけない。ステレオに変えよう。」
と言った。
「ステレオもモノラルもちょっと音が違うだけなのだから、どっちでもいいではないか?」
と問うと、
「いや、ステレオでないといけない。そもそも人間の耳は二つあり、基本的に両方違う音を同時に聞いているのだ。」
「違う音を聞いていたって、頭の中では一緒になるだろう。」
「一緒にはならない。二つの目で物を見ると立体的に見られるように、音の奥行きが発生するのだ。」
「つまり、私は2次元の音を聞いている?と言うことか?」
「そうだ。2次元と3次元では世界が違うように、音に奥行きが在るか無いかは天と地の差がある。」
「そう言うが、音楽はそもそも空気の振るえ。つまりリズムとメロディーではないか。
つまり、左右で違ったとしても、基本的なものは一つではないか?」
「違う。両方の耳で聞こえたものをその様に再生する事でより臨場感が感じられるようになる。」
「お前は、より多くの情報がより多くの感情をもたらすと考えるのか?」
「極論ではあるが、間違いではなかろう。」
友人は少し得意げに言った。
「そうかも知れない。しかし、だからと言ってステレオがモノラルに勝るとは言えないと思うのだが?」
「そうだな。価値に絶対はないからな。」
「つまるところ、好き嫌い、又は気にするか否かの問題にまでレベルを下げることができるのではないか?」
「そういうと、身も蓋も無くなるが・・・・」
「であれば、私が先に言ったようにどっちでもいいのではないか?」
「まあそう言われればそうだが・・・・・」
と、友人は私に言いくるめられ、嫌な顔をした。
しかし直ぐに反論してきた。
「しかし、音を3次元化することにより、より表現の仕方が増えることになりはしないか?」
「理屈上そうなるね。」
「そうだとしたら、2次元のままで満足するのはそれでもよいが、可能性を求めるのであれば3次元、つまりステレオではないか?」
「確かにそうかも知れない。右から左、上から下へなど立体的に表現できればそれだけ幅が広がり、人間の感情を直接刺激できるからね。」
「そうだろう!」
友人は、勢いづいた。
「しかし、確かニーチェが言ったと思うが、音楽はある意味で大変危険なものではないか?」
「と言うと?」
「感情に直接及ぼす影響が大きいと言うことではないかな?」
「具体的に言うと?」
「例えば突撃ラッパ。一時、人間から善悪、死の恐怖を忘れさせる。」
「確かにそうだな。ある音楽を聴くと感情が音楽に掴み取られ、左右される。」
「であれば、むしろ我々はモノラルで感情を防御する方が良いのではないか?
お前はお前の感情に土足で入ってくるやつの方が好きなのか?」
「そう言うと苦しいが・・・・・そこまで考えて聴かなきいけないのも疲れると思うけど・・・」
「詰まるところ、好みだろうけどな。」
「まあそうだね。」
友人は納得したようではあったが、話の出口には納得していない様子だった。
ラジオからは、「ワルキューレの騎行」が流れ始めたていた。

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カレー屋さん

郊外の大型ショッピングセンターの駐車場から歩いて直ぐのカレー屋のカレーは、油分が少ないがしっかりとコクがある。
「市販のカレールーは一切使用していません。」
との事だ。
小さなプレハブ店舗の前には、店主が作ったらしい芝生の庭があり、客はセルフでその庭に置かれた席で食べる。
「何が入っていて、どうやって作るの?」
窓口で、お金を払いながら若い女性が尋ねた。
「内緒です。すみません。」
店主はお金を手提げ金庫の中に入れながら答えた。
メニューは、
骨付きチキン、大きなジャガイモがそれぞれ一個入ったさらさらのチキンカレー。
鳥挽肉のキーマカレー。
とろとろの豚バラブロックが2個入ったポークカレー。
レンズ豆を使ったダルカレー。
の4つだけ。どれも600円。
店主は
「始めは基本をしっかりとしたいので。」
と言う。
先ほどの女性客は、チキンカレーの入った器と、コップにスプーンと水を入れたものを手に持って空いている席に座った。
天気のよい日はこうやってピクニック気分で食べられるが、風雨がきつい日は客は車まで持ち帰って食べた。
幸い、ここ数日は秋の晴天で、日曜日の今日も木陰で虫が鳴く気持ちのよい日差しだった。
白いご飯とカレーを一口食べると、香辛料の香が鼻を抜け、程よい辛さが舌を刺激した。
辛さの調節はカイエンペッパーのスープで行っているらしい。
女性は鞄からカメラを取り出して、一口食べたカレーを写真に収めた。
どうやら、期待に沿ったらしい。
そして、カメラを脇に置くと、再び食べ始めた。
女性の斜め前の席には、若いカップルが食べていた。
「ちょっとちょうだい。・・・・・からー。何辛?」
「大辛。美味しいんじゃない?」
「そうね。油でもたれないしね。」
「何が入っているのかな?作れるこれ?」
「そうねえ。出汁はきちんと採らなきゃいけないと思うわ。コクの素だから。後は基本的に具はミキサーでペースト状にしてと言う感じじゃないかしら。
スパイスの基本はパプリカとターメリックと胡椒とカイエンペッパー、唐辛子ね。後は塩が大事じゃないかしら。
生姜とニンニクもたくさん入っていると思うわよ。」
「今度作ってみてよ。」
「いいわよ。その代わり、後片付けは・・・・」
「やるやる。」
男は、スプーンを止めることなく口に運んだ。
「ご馳走様。美味しかったわ。何処に返せば?」
「こちらで頂きます。」
と、プレハブ店舗で店主は客から皿を受け取った。
「何処に行こうか?」
「そうね。お腹も膨れたし、街にでも出てみる?」
客は満足そうにカレー屋の庭を後にした。

最近カレーがマイブーム。
スパイシーでコクのあるさらさらのカレーが大好きです。
ホットなドライカレーも。

カレーのすべて

神様のお酒

今は昔。
お爺さんが濁酒(どぶろく)を仕込んでいる最中、重たいカメを持ち上げた時ぎっくり腰になった。
婆さんは畑に行っており、お爺さんはカメを下ろすに下ろせず困りはて、額からは脂汗が流れ出していた。
そんな時、お爺さんがふと神棚を見上げて再び目の前を見ると、白い着物を着た子供、未だ五・六歳の男の子が立っていた。
「坊主、誰か呼んで来てくれ。」
「そのカメを下ろしたいのか?」
「たいのだが、お前さんじゃ無理だ。誰か呼んで来てくれ。」
近所の子供にしては見覚えの無い顔の子供だった。
「貸してみろ。」
子供はそう言うと、軽々と爺さんが一抱えにしていた濁酒のかめを両手で持ち、
「どこにおくのだ?」
と聴いてきた。
「水がめの隣に置いてくれ。」
やっと腰を下ろせたお爺さんは、その場にへたり込んだ。
「これでいいのか?」
「有難う。ところで坊主、ドコノ子だ?」
「おいらは神棚の神様だ。お前さんが助けてくれと言うから出てきてやったのだ。」
小さい神様はそういうと、布団を敷き、爺さんをひょいと持ち上げ軽々と運んで寝かせた。
「さて、次は何をしようか?」
「濁酒の仕込みも終わったことだし、婆さんが帰ってくるまで遊んでおいてくれ。」
そう言われると、小さい神様は外に飛び出し、遊びに行った。
晩飯時になると、小さい神様はきちんと帰ってきて、お婆さんの作ったご飯をたくさん食べて直ぐにすやすやと眠ってしまった。
それから、お爺さんとお婆さんは、神様を大変かわいがって育てた。
小さい神様はぐんぐんと大きくなり、一年も経つ頃には立派な青年になっていた。
青年になった神様は畑仕事もこなし、村の仕事もテキパキとした。
そして、やること成す事全てにおいて、間違いが無く、完璧にこなした。
やがて村人達の噂は広まり、近隣の村人達も青年の神様の元に集まり万事相談するようになった。
そんな月日が流れたある日、青年の神様はお爺さんとお婆さんに
「そろそろ私は結婚相手を探しに旅に出なければなりません。
神棚の神様は、ちゃんと次を手配しておきましたので心配は要りません。
長い間有難うございました。」
と打ち明けた。
お爺さんとお婆さんは大変悲しんだが、神様の都合も都合なので、
「いい相手が見つかるように。そして、いつかまた縁があれば。」
と青年になった神様に言った。
神様は、酒が大好きなお爺さんとお婆さんに
「これは私の国の、お酒の素です。次に濁酒を仕込む時に是非お試しください。」
と一袋のお酒の素を渡した。
そして青年の神様は、村人達に惜しまれながら旅立って行った。
あくる年、お爺さんは神様に貰った酒の素で酒を造ってみた。
出来上がってみると、なんとも言えない美味しいお酒が出来上がった。
自分一人で飲んでは勿体無いので、お爺さんとお婆さんは村人達にも分けて、皆で飲んだ。
それからその村は酒どころとなり、酒を飲んだ村人は、決まって長生きをしたそうな。

湯豆腐の季節となりました。
美味しい日本酒と、はふはふの湯豆腐を食べたいですね。
京都のある湯豆腐屋さんの仲居さんに教えてもらった
自宅での湯豆腐の美味しい作り方は、
豆腐は湯だって一分程度でちょうどだったような記憶です。
ぐつぐつやらないで、出来上がったら火から下ろして、又は火は小さくして食べましょう。
日本酒は純米。
アー極楽極楽。

京都全日空ホテル

砂金

工場の生産ラインで働いていた職人が、扇の要を外したように頭から崩れ、足元には一山の砂金が残っていた。
工場長は経営者に報告したが無視され、生産ラインは止まらなかった。
しかし、次の週も同じように、二人の職人が砂金になった。
その次の週になると、雪崩を起こしたかのように全ての職人が砂金に変わり、生産ラインは完全にストップした。
強欲な経営者は事業をたたみ、手にした砂金で豪邸を建て、優雅な生活を始めた。
テレビのニュースでは人間砂金化事件が連日報道された。
「砂金が誰の物か?」
が大きな問題となり、事件の特異性から連邦会議で議論された。
しかしなかなか結論は出ず、街の工場・生産現場では人間砂金化事件は次々と起こっていった。
造幣局でもそれは起こり、国家の紙幣・貨幣は生産がストップした。
暫くすると世の中から物が無くなり、トイレットペーパー一巻きが砂金1kgとなった。
しかし、直ぐにトイレットペーパーは世界中から無くなった。
薬も、ガソリンも、食べ物も、作られるもの全てが無くなった。
人々の間に誰かが秘匿していると疑心が起こり、強盗・殺人が起こりやがて国家間の戦争が始まった。
始まって見ると、稀に密かに隠している物が見つかり益々戦闘は激しくなった。
しかし、やがてそれも終わりを告げた。
人々は食うに困り、物に困り次々と倒れ死んでいった。
死体はやがて骨まで風化し、風がもち去った。
そして人類が滅亡したその時、一粒の砂金がピクリと脈打ちだした。

プロレタリアートなものが書きたくなって
書いていたら安部公房の「洪水」の習作となってしまったもの。

安部公房全集(030(1924.03ー199)