ねぎとたまねぎの違い

寒い冬、12月におじいさんに植えられたねぎは、4月の始め、一本、おじいさんに抜かれました。
と、言うのももう玉が出来なければならないのに、一本だけ、なぜか玉が出来なかったのです。
他のたまねぎは、たまねぎらしく玉を作りつつありました。
抜かれたたまねぎは、一見するとねぎのようでした。
しかし、根っ子の直ぐ上に、ちょっとだけ丸みが出来かけていました。
おじいさんは少し後悔しました。
5月まで待ってみても良かったのではないか?と悔やみました。
しかし、根が切れているので、もう畑に戻すことは出来ません。
これまでこんなことが無かったので、この出来損ないのたまねぎが食べられるのか
おじいさんは、隣のおじいさんに聞きに行きました。
「食べられると思うが、俺もわからん。隣のじいさんに聞いてみよう。」
と隣のおじいさんが言いました。
隣に行くとそこでも
「うーん。こんな事は初めてだ。食べられるかどうか?」
そういうことが続き、とうとう村中のおじいさんが集まり議論となりました。
「ジャガイモも、出来損ないは毒になると言うから止めたほうがいいのではないか?」
一人のおじいさんが言いました。
「じゃがいもはジャガイモ。たまねぎはたまねぎだ。」
「誰も知らんというのはおかしくないか?」
「これまで経験したことのない、未知との遭遇は、歳をとっても、あるにはあるということさ。」
「で、どうするの?」
などと議論の末、おじいさん達はそのたまねぎを見つめ、黙ってしまいました。
しばらくの沈黙の後、
「食べてみるか・・・・」
と、抜いたおじいさんが言いました。
「危ないぞ!」
他のおじいさんが言いました。
「何でも最初はある。」
と、抜いたおじいさんはその言葉を制し、自分の家の台所へ皆を引き連れて行きました。
「ばあさん、包丁を貸してくれ。」
「珍しいですね。何か?」
「うん。この出来損ないのたまねぎが食べられるかどうか食べてみようと思って。」
「あら、そんなことなら、もう今朝納豆と一緒に食べてますよ。」
と、お婆さんは言いました。
おじいさん達は一様に驚きました。
「だ、大丈夫なのか!」
抜いたおじいさんが、お婆さんに迫りました。
「大丈夫ですよ。でなかったら、毎年毎朝死んでますよ。」
「と言うことは、今までずっと食べてきたと言うことか?」
「ええ。朝にちょっと緑が欲しくて採ってますけど。」
「おおお・・・!」
集まっていたおじいさん達は一堂に瞠目し、おばあさんに注目しました。
「で、・・・・・どうして食べられると分かった?」
おじいさんは聴きました。
「食べられないんですか?食べられないなんて思ったこともないですけど?」
おばあさんはおじいさん達に不思議そうに聴きました。
「なんだか、ねぎとたまねぎって、おれたちと、ばあさんみたいに、微妙に違うんだな・・・・」
と、おじいさんの中の誰かが言いました。

実際、我が家の家庭菜園での出来事を題材に書いてみました。
で、これからたまねぎのねぎを食べてみます。
ラーメンの具として・・・・・
だ・・・大丈夫か!?

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春の匂い

まだ古い家並みが残る商店街を、一升瓶を荷台に乗せて自転車をこいでいる若い娘がいた。
その娘の背上に、まだ雪をまとった稜線がくっきりと空を切り取っている大山(ダイセン)が見える。
山肌は、絶壁の岩が春の太陽に青く輝き、刻み込まれた残雪が白く光っている。
まだ、20、2・3過ぎぐらいだろうか。
娘は東京の大学を出てから、ここ故郷の酒屋を継ぐために戻ってきた。
東京で就職をすることは考えはしたが、四方をコンクリートで囲まれた場所で働き続けることには自信がもてなかった。
それに、故郷には娘の幼馴染がいた。
「ごめんください。お酒、置いておきます!」
ある旅館の調理場に、若い娘の声が響いた。
「ご苦労様!」
白い調理服を身につけた若い男が答えた。
男は、濡れた手を手ぬぐいで拭きながら、娘の顔を見た。
「祥(ショウ)ちゃん、よく漕ぐねえ。重たくはないかい?」
娘の嬉しそうな目を見れば、この若い男が娘の幼馴染に間違いなかろう。
「もう慣れましたから。それに、自動車に乗り出すと、きりが無いでしょう。
近くは出来るだけ、自分の足で行くことにしているの。」
「それにしても、坂道もあるのに。ずいぶん鍛えられた?」
「まあね。見て、このふくらはぎ。」
祥子(ショウコ)は、ジーンズから白いふくらはぎをだして、自慢げに若い男に見せた。
「すごいね。俺よりすげーや。」
「今日のお昼は何にするの?」
娘は若い男に「まかない」をたずねた。
「今日か。今日は刺身の残りの、あらの煮付け。食べていく?」
「りょうちゃんがよければ。」
男の名は、亮と言う。
祥子と亮の間には、変な気遣いも無ければ、男と女の気まずい間もなかった。
娘にとっては、それが歯がゆかったたが、亮が一人前の料理人になり旅館の跡取りになるほうが重要だった。
亮の父親は女癖が悪く、亮が中学の時に女と駆け落ちし、以来連絡が無い。
それからは、母親一人で従業員10人の旅館を支えている。
そんな事があってか、亮は中学高校と荒んだ学校生活を送った。
が、高校を出たあと、何処かの料亭で仕事を叩きこまれ、帰ってきた時にはすっかり角が取れ、好青年になっていた。
今は、板長の下で、料理の勉強に励み、女将からは営業を教え込まれる忙しい日々だった。
「お待たせ。」
亮は、磨きこまれたステンレスの調理台に、まず板長のものを先に、それから祥子の膳をだした。
「今日は、生姜を効かせて、煮汁を餡かけ風にしてみました。
あらは、骨が細いので、一旦揚げてそのまま食べられるようにしています。」
板長はうなずいて、まず一口、口にした。
亮よりも祥子のほうが真剣に板長の顔をのぞいている。
「いいんじゃないか。もう少し大胆に、生姜を効かせてもいいかもしれんな。
生姜が油をさっぱりと仕上げている。
まずまず。」
「ありがとうございます。」
亮はお辞儀をした後、自分の物を始めてよそい、食事を共にした。
「美味しかったわ。」
祥子は自転車を押しながら、亮に言った。
「まあね。ありがとう・・・・・まだまだだけど。」
調理場から、商店街の通りまで、亮は祥子を送って一緒に歩いていた。
亮は、何かを決めかねた様子だったが、祥子が自転車に乗った時
「今度、弁当作って見るからさ、食ってみてくれないか?」
と言った。
「いいわよ。じゃあ、今度の月曜日、亮のお弁当でピクニックね。」
「そうだな。」
「楽しみねぇ。どこにする?私が決めていい?」
「うん。」
「どこにしようかなぁ。決めたら連絡するね。じゃあ。」
幾分早口でそう言うと、祥子はペダルを自慢のふくらはぎで漕ぎだした。
亮も
「じゃあ。」
と、片手を挙げて答えた。
祥子の漕ぐ自転車は、すぐに春の新芽の匂いに包まれた。

恋の始まりっぽいものが
上手に書けたら楽しいでしょうねえ。
と、書いては見ましたが、どうでしょう?
まだまだですか・・・・・。
さて、以下は
「楽天で、まさか、魚の煮付けは売っていないよなー?」
と思って検索してみたら、
意外にも良く売れているようで、
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シンジン蕎麦

蕎麦屋に行って蕎麦を食べる。
当然、誰もが出来ることだが、なかなかに美味い蕎麦には当たらない。
東京は神田の藪蕎麦が日本全国あるわけもなし。
田舎は田舎の蕎麦を食べるしかない。
そう思って、車を西に向けて走らせていると、そう言えば、ここらは蕎麦所だった事に気がついた。
気に留まった看板を頼りに、わき道にそれ、川べりの道を山の方へ数分走るとその店はあった。
口が既に蕎麦口だ。
暖簾をくぐり、店の引き戸を開けて中に入ると、既に先客が大勢いた。
先客の手元を見ると、赤く丸い茶碗ぐらいの大きさの、そんなに底が深くない漆器を3段に重ねた上に蕎麦が盛ってあり、それを箸でつまんで食べている。
どうやら、土地の蕎麦らしい。
席に座ると蕎麦湯が出てきた。水でない所が良いではないか。
「決まったら呼んでください。」
こちらの顔を見もせず、引上げていく。
「お姉さん。2枚追加。」
奥から叫ぶ声がする。
メニューを見ると、シンジン蕎麦と釜揚げ蕎麦、てんぷら・・・・などなどと続いている。
手を上げ、お姉さんを呼んで
「初めて来たんだけど、どれを食べたらいいかな?」
「シンジン蕎麦」
「じゃあお願いします。」
「シン 一つ!」
と言うわけで、私は蕎麦湯を飲みながらしばし待つ事になった。
周りを見れば、なかなか繁盛している店らしく、席は8割がた埋まっている。
店の人も休むまもなく立ち働いている。
程なく、そのシンジン蕎麦なるものが私の席に登場した。
三段重ねた赤い漆器の上に、薄い漆器の皿で蓋がしてあり、それに薬味が数種類盛りわけられている。
蕎麦は、東京のそれとは違い、黒い粒がん混じっている挽きぐるみの蕎麦だ。
上から一段目をとってみると、二段目にもそばが盛られている。
三段合わせてちょうどの量といった塩梅だ。
めんつゆは、徳利みたいなものに入ってあり、それを碗(一段目)にかけて、薬味をちょいと落としてずるっとすすって一噛みする。
腰のある硬めの歯ごたえのあるもので、鼻に蕎麦の香りがすーと抜け、舌に味が広がる。
喉越しもよい。
上から一段目を食べ終わり二段目に行く。さっきと少しばかり薬味を変えてみる。
これもまた美味い。三回、四回とすすりこめば無くなるので、あっという間に三段目、最後になってしまった。
足りるのだろうか?と思い、腹の周りをなでてみる。まだまだ入りそうだ。
それに、こんな田舎にこれほどの蕎麦屋があるとは!と思い、店の名前を探してみた。
箸袋に書いてあるはずだが、と見れば、文字か文字に似せたデザインか、よく読めない。
まあ、帰り際に見ればいいかと思い、
「お姉さん、2枚追加。」
と、脇を通るさっきのお姉さんに言った。
「追加2枚!」
残る三段目をかきこめば、追加の二枚がテーブルに置かれた。
ふと、思って胸に手を当てると、いつもあるはずのふくらみ、財布がない事に気がついた。
あわてて尻のポケットに手をやると、ほっとため息が漏れた。
さっき客先で、上着を脱いだ時に、尻のポケットに入れておいたのだった。
安心したら俄然蕎麦に集中し、あっという間に二枚を腹のなかに収めた。
ああ、これっきり食えなくなるのかと思うと、もう二枚食べておきたくなり
「お姉さん、もう二枚追加。」
と言った。
「お客さん、好きですねえ。」
お姉さんが、あきれた顔で私を見た。
しばらくすると、追加のシンジンと、蕎麦湯が出てきた。
改めて蕎麦湯をすすると、ちょっとしょっぱい、とろんとした濃厚な湯で、シンジン蕎麦とは違った美味さが濃縮されている。
蕎麦も、早速かきこむ。
食べ終わると、かなり満腹になっていた。
「お客さん、奥で休んでいかれ。」
お姉さんは、店の奥の方を指差してそう言った。
車で時間を潰すより、横になって一眠りできればと思い、勘定をすませて、店の奥のふすまを開けた。
ここにも数人の蕎麦好き達が満足げに横になり、新聞を読んだり、TVを見たりしてリラックスしている。
私は部屋の隅に、座布団を枕に横になり、うとうととまどろんだ。
午後の仕事を思うと、昼下がりの幸せなひと時だった。
冷たい感覚に目が覚めると、お姉さんが私の体にジョロで水をかけている。
「ちょっと!お姉さん!」
「もう芽が出てきたわねえ。たっぷり食べたから養分も充分だし。」
と言われ自分の体を見ようとすると、起き上がれない。
まるで砂風呂にでも浸かったみたいに、首から下を埋められて、腹の上辺りには緑の双葉がびっしりと生えている。
「勘定は払った。出してくれ!」
「お客さん。看板見たでしょう。(新蕎麦自社栽培の店。蕎麦は食っても食われるな)って。お客さんは蕎麦に食われちまったんで
しょうがなく、家で世話をすることにしてるのさ。あのままだったら、あんた発狂してるよ。突然腹から蕎麦が生えたら。
一週間もすれば収穫できるから、まあTVでも見てのんびりして。」
「ちょっと待ってくれ、突然こんな事に。これは!」
見ている間にも、双葉はぐんぐん成長し、早回しの観察ビデを見ているようだった。
「理由は定かでないんだけど、・・・・・」
とお姉さんはポツリポツリと私を諭すように話した。
昔、二代前の店主が、手の甲に生える蕎麦を発見したのが初めらしい。
興味本位で育てて収穫し、蕎麦を打ってみると滅法美味い。
これは! というので栽培を始めた。しかし苗床が不足して増産できないジレンマに陥り悩んだ末に、
客に苗床になってもらう方法を思いついた。
種は挽きぐるみの蕎麦なので簡単に仕込める。但し、胃酸でやられるので大量に食べてもらう必要がある。
蕎麦湯も肥料代わりに大量に飲まないとうまく発芽しない。
で、ますます蕎麦打ちに磨きがかかり、美味くなって客も増える。そうすると苗床にも苦労しなくなり、今のサイクルが完成したという訳だ。
「客は怒らないのか?」
「まあ、中には怒る客も居るけれど、人間諦めざるを得ない状況で、手も足も出せないとなったら、自然と適応しようとするのが自衛本能らしく、無事収穫、何事も無かったように帰って行きますよ。」
と、お姉さんはジョロに残ったしずくを私の腹の上で切り、
「じゃあまた後で」
と振り向きもせず、忙しそうに去っていった。

「パンの耳の逆襲」にちょっと満足できなかったので
「シンジン蕎麦」を急遽書いてみました。
安部公房が強いものになってしまいましたが、まあ習作ということで。
因みに、下の商品はこのお話とは全く関係がありません。
こんな話を読んだら蕎麦が嫌いになるかも?
筆者は大好きなんだけど。

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パンの耳の逆襲

ある町のパン屋さんでは、毎日たくさんのパンが焼かれていた。
この日も朝早くから、パン職人が生地を整形し、次から次へ釜へ放り込んでいた。
そして、次から次へと、多くのパンが焼きあがり、店内の棚に綺麗に並んでいく。
そんな中で、食パンだけが焼きあがっても直ぐには切れないので、しばらく店の奥の棚で熱を冷まされていた。
「お前はいつも遅いなあ。」
アンパンが食パンをいつものようにいびった。
「どうせ食われちまうんだから、遅くたって構わない!」
「いや、お前の耳だけは食われないのだぜ。」
と、穀物パンが言った。
「食パンカッターの横に積み上げられて、(犬のえさにくださいな)って客に言われてもらわれていくんだ。」
「ザマーネーナ」
フランスパンが、パリパリとはやし立てた。
食パンはうんともすんとも言えず、いつものように黙ってしまった。
そして、2時間後。
食パンは店員に5枚切り、6枚切り、サンドイッチ用と切られていき、ビニールの袋に綺麗に包まれていく。
耳は、穀物パンの言ったように無造作に積み上げられていった。
お昼時、近くの工場の工員たちが次々とパンを買っていく。
「あばよ!」
とみなぞれぞれ、湯気を出して去っていった。
昼過ぎに近所の主婦がやってきて、食パンを買っていく。ついでに
「犬のえさにパンの耳をくださいな。」
といわれ、パンの耳は無造作にナイロン袋の中に入れられて、くるくるっと口を縛られ、アンパン連中と同じ袋に入れられた。
「ケガラワシイ!」
「寄るな!犬のえさ!」
パン達に散々コケにされ、返す言葉も無くパンの耳はうなだれた。
台所に置かれたパンたちは、今か次かと食われるのを待ちわびた。
3時ごろ、ゴゾカサと、袋が開けられ、主婦が覗いた。
「俺を食え!」
「いや、おれだ!」
パンたちは一斉に叫んだ。パンの耳だけはうなだれ曲がった状態だ。
と、主婦が取り出したのはパンの耳だった。
「犬のおやつか。」
パンたちは深いため息をして、またごろんと横になった。
主婦は、と言えば、トースターを出し、曲がったパンの耳をパンと真っ直ぐに直し、マヨネーズをうねっと伸ばしてタイマーを5分にセットした。
「おい!おい!犬に食わせるんじゃなかったのかよ!」
アンパンが叫んだが、その声は主婦には届かない。
ジジジ・・・とトースターのタイマーが回り続けてチンとなった時、
「どうして売れないのかしら、一番美味しいのにねえ」
と香ばしく焼けたパンの耳を手に持ち、かぶりついた。
「ザマーネーナ!」
パンの耳は、アンパン達と、そしてかぶりついた主婦に叫んだ。

今回はちょっと駄目ですね。
ブンガクのエッセンスがゼロ。うーん難しい。
笑えたら良しとしてください。

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少年とバイオリン

煙突から白い煙が見える、モンマルトルのアパートの一部屋で、譜面を前に少年がバイオリンの練習をしている。
少年の前には、先生らしき中年の紳士が厳しい表情で、耳に音を傾けている。
「そこ!もう一度!」
少年は、急いでバイオリンの弓を弾きなおす。
「違う!もっとゆっくり。」
先生は、自ら弾いて聞かせる。
先生の弾くバイオリンの音は荘厳で、音に伸びがあった。そして静かに消えていく。
バイオリンの音は静かな森の音に似ている。
存在することに、何の不思議もなく、太古の昔からそこにあった空気の震え。
それらが、霧のごとく流れるように、音を作っていく。
少年は、その魅力に引かれてバイオリンを始めた。
しかし、最初は製材所のノコギリの様な騒音でしかなかった。
この先生に教えてもらい始めて、やっと、森の音に近づけた気がした。
少年はもう一度、あごでバイオリンを押さえ、指に神経を使いバイオリンの弓を弾く。
静かに、先生はうなづき、少年は続けた。
やがて今日のレッスンが終わり、先生は帰っていく。
少年は、母親の作ったランチを食べて再び、一人でバイオリンを弾き始めた。
少年は目を閉じ、音に集中しながら、慎重に弓を弾いた。
すると、何処からか飛んできたてんとう虫が一匹、バイオリンのf字孔のなかにすっぽっと入ってしまった。
そして、もう一度と・・・弾き続けた所、急に綺麗な音が出るようになった。
少年は何かコツを掴んだのだと思い、嬉しくなって母親に聞かせに台所へ行った。
「すばらしい!」
母親は息子を抱き寄せた。
それから少年は数々のコンクールで優勝し、やがて青年になり、誰もが認めるコンサート・マスターになった。
その間、バイオリンは次々と変わったが、あのてんとう虫が入れ替わったのかは分からない。
青年は今日もコンサート会場の万雷の拍手を背に一日を終えた。
ホテルの部屋に戻り、ワインを飲んでくつろいでいると、青年のバイオリンから一匹のてんとう虫が這い出してきた。
青年は気づく気配もなく、快い疲れのなか、ソファーで寝てしまっていた。
てんとう虫は、磨かれたバイオリンの表面をするりとすべり落ちると、ふっと羽根を広げて飛び立った。
ホテルの部屋をしばらく飛び交ったあと、カーテンのゆれる窓へ飛んで行き、夜のパリへと消えていった。
次の日、青年はコンサートの練習でその異変に気がついた。
音につやがなく、何かが足りない。バイオリンを取り違えたのかと思ってみたが、青年のバイオリンだった。
指揮者は、眼鏡の奥から青年を怪訝な目で見ていた。
青年は調子が出ないと言い、今日の練習を早々に止めてホテルに帰った。
そして、ホテルの部屋で、まるで悪夢でも見ているように、顔は青ざめ、何度もバイオリンを震える手で弾いてみるのだった。
「違う・・・・・」
青年は、頭を抱え、ソファーへ体を沈めた。
開け放たれた窓から、春の夜の生ぬるい風が入ってきた。そして、その風に乗って、一匹のてんとう虫が入ってきた。
青年はかすかな羽音に気づき、顔を上げた。
その方向へ目をやると、そのてんとう虫は青年のバイオリンのf字孔の中へすっぽりと飛びこんだ。
青年はあわてて、バイオリンを手にして振ってみたが、コトリと音もせず、中にてんとう虫の気配もなかった。
「どこかにへばりついているのか?」
と思ったが、壊すわけにもいかず、青年は試しにバイオリンを弾いてみた。
すると、今までの不調が嘘のように、音はつややかに流れ、部屋の空気を森に変えた。
青年は、あごからバイオリンを外し、不思議な物でも見るようにバイオリンもう一度見た。
そして、初めてこの音を弾いた日の、母親が作ったランチを思い出していた。

楽器のショップ・オブ・ザ・イヤー2008!
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「タカムラ」さんは
ショップ・オブ・ザ・イヤー
ワインジャンル賞6年連続受賞!!
のGood!なワインショップです。

キャンティ・クラシコ[2001]ポッジョ・ピアーノ(赤ワイン)

骨抜き温泉

冬になると雪に閉ざされる峠道、その途中に一軒の茶店があった。
峠越えをする人は、この茶店で一息つけて、ついでに山道の様子を聞いておくのが習いだった。
盗賊も出れば、得体の知れないものもでる昔である。
してはいけないことなども、初めての峠越えをするものは耳をそばだてて不安げに聞いたものだ。
さて、その茶店の中を覗くと、身なりが良くて小奇麗で、
お金持ちそうな若旦那が手代らしきものと一緒に茶を飲んでいる。
「佐吉、もうすぐ峠を越えて国へ帰れるんだね。私はうれしいねえ。」
「へい、だんな様。私も田舎暮らしにもう飽き飽きしました。はやいとこ、この峠を越えて、どこぞの温泉でも
すぽんと入って芸者さんでも呼んで、田舎の垢を落としたい。」
この佐吉と呼ばれた手代の歳は四十前後だろうか。
世間の裏表もようやく分かって、商売人なら、暖簾の一つや二つ分けてもらえる時分である。
なのに、若旦那の子守と言うのだから、そこは知れている。
さて、若旦那と言えば、鼻筋の通った、目鼻の涼しい、二十五・六と言うところか。
さっきから、茶屋の娘が顔を赤くして、困っているところを見ると、なかなか隅に置けない、垢抜けたした御仁と見える。
そういえば、若旦那がしばらく謹慎してた町は、昔から、放蕩息子が親父に勘当手前で勘弁されて、島流しならぬ鄙流しに送られる、
山間の小京都でもあった。おそらく、この手代と若旦那、その手の鄙流しの年季明け、とでも言うところだろうか。
若旦那はチラリと娘に流し目をくれてやり、懐から銭を出して置くと
「ご馳走!」
と、手代の佐吉をほっておいて、先に歩き出した。
これから日が暮れるが、佐吉が言った温泉に上がりこんで垢でも落とすのがいいと決めたみたいだ。
「だんな。待っておくんなまし!」
佐吉が、後をけつまずきながらかけていく。
それから四半時。
だいぶ道も暗くなってきた。
「佐吉、温泉は未だかいな?ずいぶん歩いた気がするが、もう日が暮れて後は暗くなるばかり。道でも違えたのじゃないかしら?」
不安げに若旦那は尋ねた。
「いや、これでよござんす。ええ、間違いはないはずですが・・・・・」
言う端から峠道の不気味さが、佐吉の背筋をそっと冷たくする。
何処からともなく梟の声がする。
そうこうするうち、二人の眼に、暗いが確かな黄色い明かりが留まった。
「・・・若旦那、もうすぐですぜ。芸者が三つ指ついてまっていらあ。」
佐吉は、若旦那を後にして小走りに駆け出した。若旦那もそれに遅れず駆け出した。
ついてみると、どんぴしゃ、温泉だ。
「一番いい部屋へ。それからいいのを二三人。」
佐吉が、若旦那に聞くまもなく、宿の女将らしき女へ告げる。若旦那は、下女に足を洗ってもらっているところだ。
「さて・・・・・・」
畳の上で足腰を伸ばした若旦那が、手ぬぐい片手に
「先に浴びてくらあ。」
「へい。番してます。」
手代を残して、露天へと向かった。
ここらへんの湯は白濁で、ぷんと硫黄の匂いがする。
湯船は湯気で先は見えず
「お邪魔しますよ。」
と若旦那の声が湯に溶けた。
「ああ・・・・・・」
思わず声が漏れるほど、いい湯だった。
すっかり暗くなり、蝋燭の火がぼんやり四方を浮かび照らしている。久しぶりに開放された実感が、若旦那のこころをほぐした。
実際、田舎では、お目付けの手代はともかく、親父の息がかかったなじみの顔が多く、退屈なのに窮屈で、することがない日々だった。
芸者でも呼べばすぐに本当の勘当が待っていた。
やっと手足が伸ばせた。
若旦那は、湯をてですくい、ざぶっと顔を洗った。
「ごめんください。」
ちゃぷんと言う音と共に、女の声がした。
どうやら混浴らしい。と言っても、昔は混浴が当たり前で、男女別々の方が不思議だったのだから世の中は分からない。
すうっと風が吹き、若旦那は、自然と女の方を見た。
胸が苦しくなるほどの美形だ。
目が合った女は軽く会釈をして、向こうを向いた。
「何処からですか・・・・・」
若旦那は、そつなく話しかける。
「ええ、・・・からで・・・・・・・」
女は答えるが、尻が聞こえなかった。
それきり、聞きなおすわけにもいかず、若旦那はいくぶんのぼせて風呂を上がった。
「旦那、長うござんしたね。」
佐吉がたずねたが、
「ああ・・・」
としか、若旦那は言わなかった。
「さて、私ももらってきます。酒はすぐに運ばせますので、お先にどうぞ。」
そういい残して、佐吉は出て行った。
いい女だったなあ・・・若旦那はぼうっと天井を見上げて思った。えらく早くに出会いがあったものだ。
そうこうしているうちに障子が開き、酒が運ばれ、芸者も来た。
若旦那は、慣れた様子で、芸者集と盛り上がり、そのうち佐吉も加わり、宴たけなわとなった頃、ふとまたあの女の顔を若旦那は思い出した。
もう一度見てみておきたい・・・・・田舎の鶴と洒落込んで・・・・の思いがだんだん強くなって、
「佐吉、悪いがお開きにして、俺はもう一度、ここの風呂へ入ってくる。」
そう言って若旦那は、さっきの風呂へ手ぬぐいを肩にかけてふらふらと千鳥足で、歩いていった。
風呂に女が居るわけはないのだが、分かっていながら足が向かう。
野暮天か・・・・・と若旦那は一人つぶやいて服を脱いだ。
それから四半時、佐吉も騒ぐのに疲れて周りを見ると未だ若旦那が居ない。
番頭を呼んで、風呂に行って帰ってこないというと、番頭は顔色を変えて露天へ走っていった。
それからまもなく、若旦那は骨抜きとなって発見された。
服を脱いだ後、若旦那は
「ごめんよ。」
と湯船へ入っていった。
女が居るわけでもなし、他にも人は居ない様子。
ふーっと酒臭い息が漏れる。
すると、後ろで湯が鳴って、振り返るとあの女であった。
「あっ・・・・」
と思わず声を上げたが、それからは若旦那の手練手管で、女の口を吸うのに時間は要らなかった。
だが、若旦那が口を吸ったと思った時に、体の中から何かが抜ける心持がし、急いで口を離したがもう遅かった。
若旦那の体の骨はあらかた女に吸い取られ、吸い取った女は美味しそうに舌で唇をなめ、お代わりを求めてきた。
それを若旦那は、残った力でようやく振り払い、やっとのことで洗い場までたどり着き、気を失った。
湯の中では浮かぶので良いが、陸にあがれば皮一枚。気を失うのも当然だった。
「どうしよう・・・・・」
佐吉は酔いも冷め、番頭に泣きついた。
番頭は、困ったものだと佐吉に言ってから、小僧に雨戸を持ってこさせ、変わり果てた若旦那をごろんと乗せて部屋まで運んだ。
部屋に戻ると再び佐吉が、
「どうしよう・・・・」
と、こちらは肝を抜かれた様子で、番頭に泣きついた。
番頭は慣れた様子で、佐吉に言った。
「峠の茶店で聞いてなかったと見えますな。
今宵は骨抜き女が一年に一度、骨を吸いに温泉に来る日なんです。
その女はえらく美人で、私も見たことはありますが・・・・・たぶんあの女だと思うんですが・・・・そりゃあもう・・・・
吸われた人は、この世と思われぬ、えもいわれぬ心持がして、願わくばもう一度あの女に吸って欲しいと思うそうですが、
確かにあんな美女に・・・・と思うと・・・・・・
まあ、それはおいて置いて、その女、酒のしみた骨がこの上なく好きと来ている。
だから、今日は気をつけなくちゃいけない日だったんです。
入り口にも書いてあったでしょう。「酒を飲んで風呂へ入るべからず」って。
まあ、一週間もすれば、骨は元に戻りますから、ごゆっくり御逗留なさって、骨を作ってください。」
そう言い残して部屋を後にした。
それを聞くと、佐吉は残っていた酒を口に流しこみ、急いで風呂へ走っていった。

小説と下記温泉宿は全く関係ありませんので。
因みに、「楽天トラベルアワード2007 中四国地区 プレミアム部門 お客様の声大賞」受賞のGoodなお宿です。

長門湯本温泉 大谷山荘