ベロニカは死ぬことにした パウロ・コエーリョ

ブラジル生まれの作家の小説。
若く、美しく、仕事も家族もあるベロニカは、大量の睡眠薬を飲んで死ぬことにする。
目覚めると精神病院の中にいて、ベロニカは一命をとりとめていたが、自殺未遂の後遺症で残り一週間の命と宣告される。
周りは精神を病んだ人ばかり。医者もちょっと…オカシイ。
そんな人々とのかかわりの中で、皮肉にもベロニカは生きる意味を見出していく。
はじめ、ベロニカの自殺の理由がただ老いていくことへの虚無だと思い、傲慢!と感じていたが、読みすすめるうちにそうでないことがわかってくる。
健康な精神で生きていくことは時代や環境によってはとても困難だろう。戦後の日本とか、戦争から帰ってきた人とかは、精神病院に頼らずにいた人も多かったのだろうか。
精神病院の実態は知らないし、この小説もフィクションなんだろうけど、人間の内面が数値で測れない分、原因分析も対処も難しいのだろうと思う。何か新聞の本の広告で精神科医が診断の難しさを書いた本を見たような。読んでみたい。
世界中が感動したベストセラーとあった。確かに前向きな面もあるけれど、わたしはちょっとどんよりした。

家庭の医学 レベッカ・ブラウン

原題は『Excerpts from a family medical Dictionary』。「家庭医学事典からの抜粋」。
母が癌に侵されていることが判明し、その治療や手術に立ちあい、母を介護し、亡くなった母を看取るまでを綴ったもの。
事実が淡々と述べられている。だんだん弱り、容貌が変わり果て、徐々に死んでいく母。
感情的にならずに描かれているが、母の変化や介護の描写が克明に、具体的に描かれていて、かえって心をゆさぶられた。
死に向かう母を「どうにかしてあげたい」という思いが行間から伝わってくる。
ノンフィクションらしいけれど、小説のように読んだ。事実を書くだけでもひどく文学的だと感じた。
人間にとって病気、死は避けられない。家族の死も、避けられない。今もあると思うけど、これから優れた「介護文学」が増えていくだろうな。
切ない作品だった。私も、わずらう家族を看る日が来るかもしれないけれど、何もできなくても「どうにかしてあげたい」という気持ちを持てる自分でありたい。

ファミリーポートレイト

直木賞作家、桜庭一樹の作品。桜庭氏の作品を読むのは初めて。
第一部は逃亡の記録。5才の駒子は、母のマコと一緒に逃亡生活を送っている。虐待のせいか、駒子は聞こえるが、話すことができない。成長するが「いないこと」になっているため学校にも行けず、駒子はひたすら本を読んで、母を慕い、生きている。
14歳になって父親に発見され、言葉も発するようになり、駒子はマコと離れて新しい生活になる。
第二部は駒子の成長の記録。大人になり、作家になる駒子。マコと離れても、駒子はマコに心の中で話しかけることをやめない。
でも、駒子の独自の人生も開かれていく兆しがはっきりと見えた。
母に支配され、母が世界のすべてだった時期は誰にもあると思う。それが少しずつ打ち破られて、人は成長していく。でも、十四まで母が世界のすべてだった駒子は、母の呪縛から逃れられない。「母の支配」というものの普遍性と、怖さをまた思い知った作品だった。
しかし、濃ーーーい小説だった。魂がこもっているというか。そんな作家の業を駒子の言葉をとおして作者も伝えてはいるけれど。
つるの恩返しのつるみたいに、自分の身を削って書いた、ということが伝わる力作だった。

斜陽

この本との出会いは小学校の5年生だ。
ひどい風邪をひいてずっと寝ていなくてはならなかったとき、母が小さな駅の小さな本屋で買ってきてくれたのが、『斜陽』と『吾輩は猫である』だった。母は文学に詳しいというわけではないので、とりあえず何か有名な本を選んだのだと思う。小学生にこの二作品はどうかと思うけど、一応高学年から中学生向けの本で、沢山の注釈と、ときどき挿絵があった。でも原文のままだ。もちろん読めたものではない。特に『斜陽』は難しくて、すぐに挫折した。でも、最初のスウプの場面が面白く、姉と「お母様のスウプの飲み方」をスプーンをひらりと使って練習したものだ。立ったままおしっこする「お母様」にも衝撃をうけ、これも姉とウケまくっていた。
その後、高校性になって『人間失格』でシビれて、太宰に夢中になり、太宰熱は大学の最初の方まで続いたけれど、大人になりつつあった私は突然「甘ったれ」の太宰が厭になってしまい、読むのをやめ、嫁入り道具にも太宰の本は持ってこなかった。
でも、今回『斜陽』を読み返してみて、やっぱり彼は天才だと思う。敗戦後のあの時期に人々を熱狂させたというのもわかる。日本人がよりどころを失って空虚な気持ちでいたときに、その空虚、退廃、破滅を見事に描いている。
太宰は生誕100年で、今年ブームが仕掛けられるらしい。太宰のよさは「マッチョ」でないことだ、と私は思う。へなへなした自意識過剰の弱虫!が紡ぎだす美しい日本語。ちょっとブームに乗って、また太宰を読んでみよう。

バースディ・ストーリーズ

今年の誕生日ももう終わってしまった。この歳までまずまず健康で生きられたことはめでたいので自分で赤飯を炊き、大好きな和菓子を食べて祝った。友人から電話やメールも来て、非常にありがたかった。
でも、今までの人生の誕生日を振り返ってみると、20歳の誕生日は確か涙…だったし、いい日ばかりでもなかったような気がする。
『バースディ・ストーリーズ』は海外の、誕生日にまつわる短編を村上春樹が10編選び、訳している。
誕生日だからといって幸福な話はむしろ少なく、読み終わった後に「へ?」と置いてけぼりを食らったような感じを受けるものも多かった。
気に入ったのは、因業な老婆を主人公にした二編。私も、もし将来独居老人になったりしたら、因業でかわいげのない老婆になって、自分の誕生日を孤独にどっぷり浸りながら盛大に祝いたい。
誕生日にひとりぼっちだったら、誰にも祝いの言葉をかけられなかったら、他の日よりももっと孤独を感じる。でも別にそれも悪くないと思う。
読みやすかったのはやはり最後の村上春樹自身の短編。翻訳ものはすんなりと入っていきにくい。言語は文化を背負って成り立っているものだとつくづく感じる。
安易に、誕生日プレゼントになどはしないほうがいい本です。

かげろう

藤堂志津子の短編集。藤堂志津子の小説って、読んだ後に「あーさわやか!」って気分になることはめったにない。この短編集もかなりどんよりする。
気味が悪い。オカルトではないんだけど、日常生活を描きつつ、まっとうな人間の顔がべろりと妖怪じみた表情になるかんじ。
中年以降の、性、仕事、金、いろんなことが絡まって面倒な人間関係を描いている。ちょっと性質のよくない人、ダメな人ばかりが出てくる。主人公自身もかなりダメな感じ。
でも、これも一つの人間の真実なんだろうと思う。「お金」のことをうまく避けて書く作家も多いけど。(夏目漱石とか村上春樹とか吉本ばななとか、高等遊民ばっかり!)
藤堂志津子の小説に出てくる男性は、なんだかナルシストでいやーな奴が多い。面食いから足を洗えず、手痛い失敗を重ねてきたのでは?と邪推してしまう。

私という運命について

新聞の書評で、売れている本、とあったので読んでみた。
大手企業に勤めるキャリアウーマン亜紀の29歳から40歳までを描いている。その年に起こった社会現象や事件なども書かれていて、亜紀の生きた時代は特定できる。
キーワードは「運命」。出会い、別れ(とくに死別)を通して自分の運命を凝視し、振りかえり、驚愕する亜紀。あんまり救いのある小説ではないけれど、主人公の内面的成長、変化を丁寧に描いている。
登場人物がみんな「平均以上」で恵まれたバックグラウンドを持っている点がちょっとなー、と思ったけど、それでも悲しい運命には支配されている。
亜紀が自分の過去の選択について驚愕したり後悔したりしているところは、面白いと思った。
「後悔はしてない」って、言い訳のように言う人は多い。私も自分の選択を後悔するなんて大嫌いだから、あえて考えない。でも亜紀は後悔から逃げていない。これを描いている点は優れていると思った。
人は悲しみとか苦しみとかを通してこそ、内省的になるのですね。

人生の親戚

ズシリと重たい(内容が)小説だった。
「僕」は小説家のKで、長男も「光」と実名で書かれているから、実話なのかどうか。主人公の倉木まり恵さんは二人の息子を悲惨なかたちの自殺で亡くしている。
そのまり恵さんの、なかなか救われないそれからの人生を、「僕」との交流を軸にして描いている。
まり恵さんの人生はあまりにも悲しみに満ちていて、一日だって忘れることはできないものだと思う。どうしてこんな目に遭うの?と思うとき、人は何らかの物語を欲しがるし、ある人は宗教にすがろうとする。
まり恵さんは、生きることの大変さを背負わされて、一人でもがいていた。その姿は痛々しいけれども、人生にはやっぱり生ききる意味があるよね、と思いたくなった。
「人生の親戚」。これを作者は人生についてまわる「悲しみ」と解釈している。
叙情に走らずに出来事を描いているけれど、その意味は深い。大江健三郎の文章は英文のへたくそな和訳みたいで、挫折したこともあるけれど、これは一気に読めた。

紫の領分

久々に「純文学長編」を読んだ。がんばった…
仙台と横浜で別々の女性と暮らす予備校講師の日常。彼女たちにバレないよう、汚れ物を捏造したり、大変そう。しかしそんな生活は徐々に破綻に向かっていて…
ずいぶんじめっとした小説。冬の冷気、二日酔いの口臭、出始めの加齢臭が漂ってくる感じ。
大昔見た映画「月の輝く夜に」で、「男はなぜ浮気するの?」という女の問いに対し、男が「死ぬのが怖いから」と答えていた。よくわかんないなあと思っていた。
この主人公ならば「人生が虚しいからさ」とでも言いそう。
虚無に満ちた小説。インテリぶって優柔不断で不遜で実は小心な男にムカムカ。でもそれが作者の狙いならしょうがない。

ウツボカズラの夢

乃南アサは「歪んだ家族」を描くことも得意分野とするミステリ作家。この作品では殺人事件はないけれど(いつ人が殺されるのかしら、と待ってたんだけど)高校を卒業し田舎から東京に出てきた女の子のこわーいシンデレラストーリー。
お金も、学歴も、親もいない女の子はどうやって自分の人生を切り開いていけばいいのか。
亡くなった母親からもらったいくつかの言葉が主人公の未芙由を支えている。
それにひきかえ、言葉を子に与えていこうとしない叔母の尚子の無責任さは徹底している。
親が子どもに与えるものはお金や生活の快適さだけではない。
親の言葉をふと思い出して、自分を支えることがあるもんなあ。
豆大福の母の言葉の一つ。
「ぐっとこらえて南無阿弥陀仏!」(腹が立ったとき)
あと、この小説で疑問に思った点。財団の職員ってそんなに貰ってるの?