IN
作者:桐野夏生
映画やドラマになった『OUT』と対になるような作品なのかと思ったら、全く違う小説だった。
人間の内面に深く入り込んだ小説。ミステリ…とは言い切れず、恋愛小説の趣もある。
主人公のタマキは小説家。『淫』という小説を書くにあたって、亡くなった文豪緑川の小説『無垢人』のモデルは誰なのか、突き止めようとする。
『無垢人』はいかにも私小説。自身も夫人も、子供たちも実名で出てくるが、ただ一人、大事な登場人物である「○子」だけが「○子」と記され、誰だかわからない。
壮絶な夫人、愛人との葛藤を描いた小説。実はタマキも、一年ちょっと前にドロドロの不倫の恋にケリをつけたところだった。
相手は担当編集者だった青司。互いに家庭がありながら、同じ感性を持ち、離れられなかった二人。恋愛の「涯て」を見ようとしていた青司だったけれども、タマキは疲れ、関係を清算する。
最後に「○子」の正体は分かるのだけれども、それまでにあった謎や伏線が…どこいったの?というところもあった。
でもこの小説のキモは謎解きではなくて、「恋愛の怖さ」。設定からいって、編集者と小説家が深い関係になってしまうのは、作者自身が経験あるいは身近で見てきたことだろうと思う。
緑川とその夫人の千代子も、夫婦でありながらずっと「恋愛」を続けてきた。そりゃクタクタに疲れるだろうと思うけれども、一人の異性にこだわり続ける執着がすごい。
あとは、小説家の「業」というか、言葉に関わりあって、鶴の恩返しの鶴みたいに、自分の一部を削ってでも書かずにはいられない宿命も感じた。
自分が一番大切!で、ベタベタした付き合いが苦手な私はここまでドロドロの恋愛をしたことはないけれども、(これからあるかしら…)相手を憎むまでになったり、身動きがとれなくなったりするよりは、「笑って生きて」いきたい。でも小説で読むのは楽しい!
カテゴリー: モテ系恋愛小説
熱い風 小池真理子
熱い風
作者:小池真理子
恋愛至上主義?とも思える小池真理子の最新小説。んんんー、ちょっと物足りなかった。
主人公の美樹は38歳。新聞社に勤めている。独身で美しい彼女。パリのドゴール空港に着くところから物語は始まる。
この一人旅は、外国で突然亡くなってしまった恋人、遼平の思い出をたどる旅だった。
二人は出逢ったときから恋に落ち、遠距離恋愛を経て、いつかはオランダに家を買って二人で住む約束をしていた。
それなのに、遼平は睡眠薬とアルコールの飲みすぎで、オランダで一人、死んでしまう。
遼平のことを何も知らなかったのでは?本当に彼は自分を愛していたのか?と自問自答を繰り返す美樹。
小池真理子らしく、ただただ恋愛がテーマで、サスペンス仕立て?と期待したけれどそれも全くなく、耽美的な小説だった。
はっきり言って、「オランダ観光案内」っぽい小説。編集者に連れて行ってもらったんだろうと推測できるところが悲しい。
ファンにとっては期待を裏切らない作品だと思うが、やっぱり直木賞を獲った『恋』は超えられていないと私は思う。もっともっとひねって!
小池真理子。美人作家である。さぞモテモテ人生を歩んできたのだろう。小説にもそれが表れている。
夫も小説家(藤田宣永)。夫が自分の後で直木賞を獲ったとき、二人で抱き合っていたっけ。藤田氏の小説も、二冊ぐらい読んだことがあるけれど、「恋愛」を信じている感じ。似たもの夫婦はうまくいくのね。
谷間の百合 バルザック
谷間の百合改版
作者:バルザック
フランス近代小説。書かれたのは1835年ごろ。『ゴリオ爺さん』とはまた違った味わいの、でも宗教観に溢れた美しい小説だった。
主人公は純真な青年フェリックス。両親から疎まれ、不遇な少年時代を送ってきた。
ある日、舞踏会で知り合ったモルソフ伯爵夫人に一目ぼれし、夫人の住むアンドルの谷間を足しげく訪れるようになる。
フェリックスを子ども扱いし、でも好意をもってもてなしてくれるモルソフ夫人。二人の子供は体が弱く、子育てに苦労し、かつ夫はかなり年上で偏屈で優しさがなくわがままで、満たされない結婚生活を送っていた。
モルソフ夫人にとって、フェリックスは心の支えになっている模様。でも熱情を打ち明けるフェリックスに対して決して恋愛感情を許そうとはせず「伯母が私を愛してくれたように、私を愛してね」と繰り返す。
パリで仕事をすることになったフェリックスに対して、モルソフ夫人は心のこもった、そして母性愛に満ちたアドバイスの手紙を渡す。
さてさて、フェリックスはずーーーっとモルソフ夫人だけを愛していたけれど、そこは20代前半の男。欲望には勝てず、イギリス人女性と付き合うようになる。それを知ったモルソフ夫人は…
モルソフ夫人が最後にフェリックスに送った手紙で打ち明けた心情…これを読むと泣けてくる。実はフェリックスを愛していながらも、その心のあり方すら罪であると感じ、罪を償うために夫の世話にうちこもうとする…なんて清い心なんだろう。
不倫を扱った小説は多い。人妻に恋する青年の話も世に溢れている。
でも、最後までプラトニックだったからこそ、美しい。モルソフ夫人はどんなにか切なかったと思う。フェリックスもこんな手紙をもらったら、胸をかきむしりたくなるような切なさを感じるだろう。一生ひきずっちゃうだろうなと思う。
「不倫は文化」なんて言えるには、ここまでのレベルに達していなくちゃねー。
沈める滝 三島由紀夫
沈める滝改版
著者:三島由紀夫
生まれながらの容貌のよさと、豊かな財力に恵まれた城所昇という青年が主人公。
彼は女性の愛を信じない男であり、子どもの頃から鉄や石ばかりを相手にしてすごしてきた。
性欲の処理も即物的。イケメンであるからか、街でふと知り合った女性とワンナイトラブを繰り返してきた。
しかしある日、顕子という女性を知り合い、なぜか無性に惹かれてしまう。理由は、彼女が「冷感症」だったから・・・(屈折しすぎ!)
昇はダム建設にかかわり、自ら進んで越冬隊に入り、奥深い山で一冬を過ごす。その前に顕子と交わした約束は、ただ手紙だけを交換し合おうということ。
手紙の交換を繰り返すうち、二人の中に「愛」のようなものが芽生えてくる。
再会のとき、顕子と昇はもちろん盛り上がる・・・でも悲劇が・・・
フジテレビ系昼ドラマのような変な話。昇の穿ちすぎなものの見方、冷徹な心、屈折しまくりの女性観、愛情はそのまま三島由紀夫の心情なんだろうと思わせる。
恋愛の話が軸なんだろうけれども、それよりも雪に閉じ込められた人間たちがやや狂気じみていく具合が面白かった。男同士の人間関係っていうんだろうか、そっちの方がリアルだった。
軽い現代小説ばかり読むと、たまにはこういう重くて濃い味が欲しくなります。
説得 ジェイン・オースティン
説得
作者:ジェイン・オースティン
イギリスの小説。1800年代初頭の作品。日本で言えば江戸時代後期で、伊能忠敬がなんかした頃。
准男爵の娘アンは27歳独身で、影の薄い存在。8年前、周囲から反対されて海軍軍人のウェントワースとの結婚をあきらめたことが彼女の心に影を落としている。
しかし、そんなアンに思いがけない再会が待ち受けていて・・・
虚栄心のかたまりの父と姉、ひがみ屋の妹、アンに近づく貴族男性など、個性的な登場人物が多く出てきてとっても分かりやすい話。100パーセント恋愛小説といってもいいかも。
しかし、貴族の生活って何なんだろうと思う。軍人は仕事してるっぽいけれど、男爵とかは、狩をしたり、交際したり、土地ころがしたり、実にヒマそうだ。女はもっと。人のことは言えないが、一日中遊んでいて人間関係にやきもきしている。
まあ、そういう文化だったんだろう。
ジェイン・オースティンの作品を読んだのは初めて。映画は
『エマ』
『プライドと偏見』
を観て、面白かった。衣装とか、風景とかもキレイ。
『ジェイン・オースティンの読書会』
という映画もある。
イギリスでは人気なんだろうな。この映画は、読書会で知り合った男女が恋に落ちるという話なんだけれど、オースティンの作品が男性の興味を惹くかどうかはちょっと疑問。
あくまでロマンチックだもの。
でも、読んだ本の話題で会話が続くなんて、ステキだ。
浪打ち際の蛍 島本理生
波打ち際の蛍
作者:島本理生
主人公の真由は現在休職中。元恋人のDVが原因で心を病み、今はカウンセリングルームに通っている。
同じくカウンセリングに通う蛍という男性と知り合い、徐々に二人は距離を縮めていく。
しかし真由は元恋人とのことが頭をよぎり、蛍に本当に心を開くことはできず、そんな自分にも苦しむ。蛍は我慢強く真由を思い続ける・・・
といった内容。恋愛のことが90パーセントを占めている。まあそれはよい。未婚の若い女子の頭の中は半分以上恋愛で占められているのが実際だから。
ストーリーはありきたりだけど、ディテイルは島本氏らしくとても繊細。過去の出来事を引きずって相手のことを過剰に窺ったり、身体の感覚の描写はうまいなあと思う。
しかし、「蛍」の人物像が明確につかめなかった。カウンセリングに通うほど重症でもないし、(たぶん)元カノとも平気で逢う。でもって、真由に身体のふれあいを何度も拒否されても非常に優しく、辛抱強い。
いい人だけど、好きになれないタイプだった。元カノと逢うという時点で不合格。友達に戻れるくらいなら真剣な恋じゃない!
などなど思いましたが、全体的には面白い小説でしたよ。
言い寄る 田辺聖子
言い寄る
作者:田辺聖子
田辺聖子にハマッっていたのは中学生のころ。今考えるとマセていると思うけれども、通っていた中学校の図書館は会議室の片隅みたいなところで小さく、ロクな本がなく、借りたいものが少なかった。
まずは赤川次郎に凝ったが(時は角川映画全盛時代!)すぐに飽きてしまって、なぜか田辺聖子の恋愛小説に夢中になった。母親にせがんでは文庫本を買い集めて、「男女の機微」を学んだ。実践にはまるで生かされなかったが。
おそすぎますか?
という短編は、働く女性なら是非読んでおくべき一編。
以前、夫より帰りが遅い日、夕飯を冷蔵庫に入れてメモを置いて仕事に行っていたとき、中学生の時分に読んだこの本の結末が頭をかすめたこともあった。
さて、『言い寄る』は昭和48年に書かれた本。36年前の作品だけれども、まったく古くない。
主人公の乃里子は31歳のキャリアウーマン。好きな仕事をし、性的にも開放的な性格でのびのびと独身生活を楽しんでいる魅力的な女性。
しかし乃里子にはずーーっと片思いをしている五郎という男がいる。どうしても「言い寄れない」。気のあう剛という男、大人の男性の魅力で乃里子を誘惑する水野という男、乃里子の周りには男がいるのに、恋焦がれる五郎だけはまったく乃里子に振り向いてくれない。
好きな男性には振り向いてもらえず、愛していない男性からは求められて・・・まことによくあることだけれど、その切なさがこれほど巧みに描かれている作品は少ないと思う。
私的生活
苺をつぶしながら
という続編もあります。これも面白い。
近頃の恋愛小説に物足りなさを感じている方にオススメです。
朗読者 ベルンハルト・シュリンク
朗読者
作者はドイツの小説家で法学の教授でもあるベルンハルト・シュリンク。
映画「愛を読むひと」が公開されている。見たい!でも映画館に足を運ぶのも面倒なので、レンタルになるのを待つことにし、まず原作を読んでみた。
主人公のミヒャエルは15歳。ある日道端で体調を崩したことをきっかけに、35歳のハンナと出会う。
ハンナから誘われて肉体関係を持ち、夢中になるミヒャエル。彼女にせがまれて名作を朗読することも二人の習慣になった。
毎日のように逢ったり、旅行したり。しかしある日、ハンナは町から姿を消す。
さて、ミヒャエルが法学部の学生になったとき、法廷で被告人となったハンナと再会する。
ハンナは戦犯として裁かれていた・・・
ベストセラーになったのも納得、ストーリーもディテイルも、とてもよかった。
翻訳も上手なんだろうけれど、場面が目に浮かぶような描写。
15歳の男の子なんて、愛も性欲も好奇心も区別がつかない年頃だろう。でも成長したミヒャエルがハンナを見捨てずにいるところがいい。恋愛感情は失っているとしても。
やっぱり「愛とは、見捨てぬこと」。
しかし、ハンナが戦犯になったのは彼女の育った環境や時代背景からしてしょうがない面があると思うんだけれど、35歳の女が15歳の少年を誘惑するのは、よっぽど本質的に悪いような。
劇場 モーム
劇場22刷改版
イギリスの作家、サマセット・モームが63歳の時に著した小説。
1937年の作品だけれど、ちっとも古く感じなかった。面白かった!
主人公は舞台女優のジュリア46歳。夫のマイケルは男前の俳優兼劇場経営者。ロジャーという一人息子をイートン校に通わせている。
彼女は女優として成功していて、夫とも円満、彼女を20年崇拝するプラトニックな男友達もいるが、たまたま劇場の経理を担当した23歳のトムに誘惑され、恋に落ち、彼に夢中になる。
二人の蜜月はそれでも長くは続かない。トムの心が新人女優に傾いたとき、ジュリアはどうしたか・・・
「女優」「女」というものの業が見事に描かれていた。
ストーリーも最高に面白いけれど、ジュリアがいつの場面でも「女優」であるところが怖い。
恋に落ち、自分を見失っても、その恋が冷めたときにも自分の心を冷静に見つめる。
ジュリアのファンになってしまった。
女心の機微を描くモームの力にも感服。
ジュリアから見ると愚鈍でつまらない息子のロジャーが、実は虚飾に満ちた両親の本質を鋭く見ていた、という最後もよい。
女優というのは天賦の才能なんだと思う。例えば大竹しのぶ。カメラが右から来たらそっちの眼から涙を流せるらしい。
他にも、女優さんが演技以外で喜怒哀楽を示しているのを見ると「演技かな?そのぐらいお手のものだろうな」と思ってしまう。
この間結婚された川島なお美さん。キレイでしたねー。でも感涙の場面では「ほんとに涙流れている?」とじっと画面に見入ってしまった。意地悪な私・・・
本の話に戻れば、これは超おススメです。ハラハラして、スカッとします。恋人は裏切るけれど、仕事は裏切らない!
きみと選ぶ道 ニコラス・スパークス
きみと選ぶ道
とてもロマンチックな恋愛一筋の小説だった。
男性主人公はトラヴィス。32歳のイケメンで獣医で、友達も多く何不自由なく暮らしているが、恋愛だけは続かない。独身主義者でもないのに、「運命の女」に出会えずにいる。
女主人公のギャビーは26歳。小児科に勤める準医師。自立を目指しているものの、結婚願望は強く、長く付き合っている恋人のケヴィンがなかなかプロポーズしてくれないことにややいらだっている。
ギャビーはトラヴィスの友人となり、飼い犬の妊娠から、トラヴィスと知り合うようになり、互いに心引かれていく。
恋人がいるのに、この気持ちはどうしようもなくて…
というのが第一部。
第二部はいきなり11年後になっている。二人がどうなっているかはまあここでは話さないことにして。
第一部は実に甘ったるい。アメリカでは200万部!を売り上げたらしいが、まあみんなにウケる話だとは思う。私も、キライではない。ロマンチストなもので。
恋人がいるのに、魅力的な異性に魅かれて…なんていう話はありきたりだけれども、今までの女性とは違う何かをトラヴィスがギャビーに感じる、その男性心理が言葉になっているのは面白い。
第二部は、ビターな味わい。人生は悪いときもあるさ、そりゃ。
この本もハリウッド映画になって、世界中の女性がときめき、涙するんだろうな。
筆者のニコラス・スパークスは、映画『君に読む物語』の原作者。
この映画も超純愛。なんでこんなに深く一人の女性を愛せるのだろう?
こんな男性って世の中にいるのかな?