過食にさようなら
著者:デイヴィッド・A・ケスラー
アメリカ人は、とんでもない肥満体が多い。前にニューヨークに行ったとき、普通の体型の人がほとんどではあるけれど、スケールの違う肥満体!と思う人が多かった。
あと、何かしら食べ物、飲み物を持ち歩いている人も多かった。義父が外国の人と多く接する仕事をしていたけれど、「アメリカ人はいっつも何か食べている」と言ってて、その通りだなと。
さて、この本。過食に走らせる食べ物と、それを提供する企業の罠について詳しく解説し、過食をコントロールする方法について(ちょっと)書いている。
繰り返されているのは、「脂肪、砂糖、塩の強化作用」。報酬性の高い刺激を作り出し、食べるともっとほしくなり、脳の配線が替わってしまうと。
そして、摂食行動は習慣化するものだと述べている。
確かに、「脂肪、砂糖、塩」は旨い。外食して「ああ…美味しい…」と思うのはこれらがそろったものが多いし、過食にぴったりのものといえばドーナツ、ポテトチップス、菓子パン、などなど炭水化物+脂肪のものだ。手軽に官能を満たしてくれる。
納豆とか、ほうれんそうとか、チキンの胸肉の蒸し物とかを「過食しちゃった」という人はいないだろう。
ファストフードや外食の「脂肪、砂糖、塩」の罠について恐ろしいものだと繰り返し述べている。
しかし、肝腎の「食欲をコントロールする方法」については?ちょっと肩透かし。
結局は「意志の力」のよう。そういった食べ物を摂取する習慣をやめなさい、って…
「わかっちゃいるけどやめられない」っていうのが人間の弱さでしょう?
私は今は本に書かれているほどの過食傾向はない。「砂糖、脂肪」は好きだけれど、(しょっぱいものは苦手)食べ過ぎて気持ち悪くなった経験が何度もあるので、ちょっとずつ、毎日食べる。断つことは無理だけれど。
そして、自分が過食するときの傾向も知っている。「酒飲んだとき」と「大勢でわいわい食べるとき」。タガが外れて、胃袋の限界を忘れる。なので、近頃は自覚して気をつけることにしている。
忘年会シーズンだけれど、「酒」も「大勢でわいわい」も、今の私は全く縁がない…のがちょっと寂しい。過食しないですみそうだけれどね。
さて、この本、ファストフード好きで肥ってしまう人にとっては自分に警鐘を鳴らすという意味でいいかもしれないです。
月別: 2009年12月
リテイク・シックスティーン 豊島ミホ
リテイク・シックスティーン
作者:豊島ミホ
この人の小説を初めて読んだ。面白かった!
高校に入学したばかりの沙織は、クラスメイトの孝子に「未来から来た」と告白される。
未来の世界で27歳・無職の孝子は、イケてなかった高校生活をやり直せば未来も変えられるはずだ、と言う。
学祭、球技大会、海でのダブルデート…青春を積極的に楽しもうとする孝子に引きずられ、地味で堅実な沙織の日々も少しずつ変わっていく。
主に沙織・孝子・大海くん・村山くんという4人の高校生の関係が中心になっているのだけれど、田舎の、まあまあ偏差値の高い高校の生徒たちの有り様がさわやか。
孝子と大海君は付き合うんだけれど、ドロドロしたところはほとんどない。吹奏楽部で医学部希望でイケメンの村山君も、沙織といい感じではあるが、交際まで発展しない。
孝子は過去の自分から逃げて、非常にネガティブな気持ちもあって、沙織との友情にもヒビが入りそうな時があるんだけれど、それも修復されてホッとする。
甘いなあというストーリーではあるんだけれど、読後感さわやか。小説としてもとても丁寧に描かれていたと思う。
しかし、「人生やり直せたら」とか言うけれど、高校一年からやり直したいですか?私はまっぴらごめんだ。やり直すなら、沙織たちのように偏差値の高い高校をがんばって受験したかな?
やっぱり、賢い子が集まる高校と、そうでない高校の友情、男女関係ってずいぶん違うと思う…偏見ですが。
でも私は結局は同じ大学に入って、同じ職業を選び、同じ人と結婚したと思う。基本的に性格も根性も、家の裕福度も変わらないんでしょ?
今までのしんどかったことをもう一度繰り返すのはもううイヤだ。今の人生にとくに不満もないし…
「将来シミ・シワ になるから、紫外線には気をつけよ!」と過去の自分にメッセージは送りたいけれね。
さて、この本は高校生から大人まで楽しめる青春小説です。
毒麦の季 三浦綾子
毒麦の季
作者:三浦綾子
三浦綾子の小説を久々に読んだ。昭和50年代に書かれた短編をまとめたもの。
どれも結末がアンハピーで、暗澹たる気持ちになるものだった。
定年後、もと居た職場からも、嫁、孫からも疎まれる男。
胃がんの恐怖と、自分の死後の夫の再婚を想像して苦しみ、不倫の誘惑に負ける妻。
結婚生活にやぶれ、自殺を試みようとする女の旅。
冤罪で死刑を待つ吃音の死刑囚。
父の不倫に端を発した両親の別居で徐々に孤独に追い詰められる少年。
読んでいて「ひどい!」「許せない!」と思ったものの、救いは最後までなくて、まあこれが人間の真実かもしれない…と悲しくなった。
小説には人間の悪意、憎悪、弱さ、醜さ、酷薄さを描いているけれど、私たちが日常悪気なくやっていること、「このくらいならいっかー」と思ってやっていることも、切り口を変えてみればこの小説のように醜悪なものかもしれない。
退職したひとがたびたび職場に遊びに来れば「ウザ」と思い、私が死んだ後夫が再婚したら「面白くないー」と想像し、自分の親を配偶者よりも大切にして妻(夫)をないがしろにし…
程度の差こそあれ、誰もがやりそうなこと。
「ひどい」「許せない」と思うのは簡単だけれど、自分の胸に手を当てれば恐ろしくなる、そんな人間の原罪を描いた小説集だった。
世界クッキー 川上未映子
世界クッキー
著者:川上未映子
小説家の川上氏のエッセイ集。いろんなところに発表したものをまとめている。
からだ、ことば、季節、旅、本、などについて。芥川賞受賞のことばも。
「詩人」のエッセイだなあと思う。外界を受け取る感覚が、敏感というか、一般とは違うというか。ものとものとの境目、というのを独自の感覚で見る人だ。
今年の2月、谷川俊太郎氏のトークショーを聴きに行ったとき、「詩人というのは、やはり生まれ持った詩人的な性質がないとなれない」と言っていた。
川上未映子氏は詩人でもある。生まれながらの詩人というべきだろう。
面白かったのは、甥っ子たちを笑わせ、瞬時に黙らせる必殺技として「お尻」をベロンと出す方法があるということ。これを「エレベーター」の中でやってしまって、監視カメラの存在を知らなかったという話。
親がやったらマズイけれども「おじさん」「おばさん」がやるのはいいかも…家の中でね。
受賞のことばのなかで、とても美しい文章があった。「言葉」に対する感謝と信頼、期待。そんなものが現れている。引用したいけれど長いのでやめときますが、まあ、興味があれば読んでみてくださいな。
向かい風 住井すゑ
向い風
作者:住井すゑ
舞台は戦後の茨城の農村。農地改革の嵐に揺れている。
主人公のゆみは農家から農家に嫁いだ。夫の戦死の報告を受け、遺骨はないものの葬式をし、墓まで建てる。嫁として舅と畑に出ていたある日、舅に押し倒され…子どもまで出来てしまう。
舅にはあとつぎを産んでほしい、好きだと言われ、姑には辛くあたられ(当たり前ですよね)
噂好きの婆さんには畜生扱いされ、つらい立場のゆみ。
しかし彼女は運命を受け入れ、近所の格好の噂の的となりながらも子を産み、離れで舅と暮らす。
ところが状況は急展開。なんとシベリアで抑留されていた夫が生きていて、帰ってくるというのだ!時代が時代、状況が状況なだけに、夫もゆみの状況を「しかたがない」とし、一緒に暮らす。もちろん復縁はしないけれども。
夫はあたらしい嫁を迎え(これが、ゆみの妹)るが、その直後に、ゆみの唯一頼りにしていた舅が突然死んでしまう。
ゆみをとりまく状況は厳しいなんてもんじゃあない。しかし、元の夫はゆみを見守り、助けようとする。
そしてゆみも、決して自分の置かれた状況を恨んだりはしない。産んだ子を育てることを第一に考え、ひたすら農作業に励み、常に前向き。
普通だったら挫けるだろうと思う。自分ばかりが不幸だと嘆くと思う。しかしゆみは自分を不幸だとは思わない。
ゆみの力強さ、ある意味での誇り高さに、こんな強さを見習わなくては…と思わせられた作品だった。
住井すゑといえば、橋のない川(第1部)改版
~
橋のない川(第7部)改版
ですね。ずいぶん前に読んだけれど、すごい作品です。
ケインとアベル ジェフリー・アーチャー
ケインとアベル(上)
ケインとアベル(下)
作者:ジェフリー・アーチャー
「読む本がない…」ので夫の本棚を物色。彼が大学時代に読んで面白かったというこの本を読んでみた。楽天市場を見ると、当時から文庫本の値段がそれぞれ300円ぐらい高くなっている!デフレ時代とはいえ、本だけは安くならないですね。
1906年、ポーランドの片田舎で私生児として生まれたヴワデク。極貧の猟師に引き取られ、それから男爵家の子どもの遊び相手として住み込みで生活し、ドイツの侵攻により祖国も肉親も失ってしまう。
一方、ボストンの名門ケイン家に生まれたウィリアム。恵まれた環境、才能でエリート人生を歩み始める。
ヴワデクは大変な困難の中生き抜いてアメリカにたどり着き、アベルと改名してホテルで働くようになる。そして弛まぬ努力、勉強を続けて全米に広がるホテルチェーンを作りあげる。
出世コースを歩むケインは大銀行の頭取という地位をつかむ。
ケインとアベル、二人は皮肉な形で出会い、互いを憎むようになってしまう。
移民からのし上がったアベル、生まれつき恵まれたケイン…ふたりの人生が交互に語られ、ついには交差する。
ケインの息子、アベルの娘が恋に落ち、もちろん両方の父親は激怒。子どもを勘当するが、後悔の日々…そして最後には…
ものすごく早く激しいストーリー展開で、全く飽きることなく読めた。特にアベル。やっぱり「のしあがってやる!」というエネルギーを持った人を応援したくなってしまう。
アメリカの経済史?としても読める部分もあり、ビジネスマンのやる気カンフル剤として読める趣も。
収容所生活、企業・銀行の内幕、復讐、戦争、若き男女の愛といったテーマがてんこ盛りの面白い小説です。わくわくしたい人は是非。
恋愛力 齋藤孝
このブログを始めてから、一年が過ぎたみたいです。アクセスしてくださった方、どうもありがとう存じます。一年で30000アクセス、という目標は達成してませんが…
恋愛力
著者:齋藤孝
明治大学教授の齋藤孝氏が書いた指南書(?)男性に向けて書かれた本のようだ。
齋藤氏は「モテない」らしい。わかる。齋藤氏は「結婚相手」としては人気がありそうだけれど(東大出、大学教授、金有り、ギャンブルとも暴力とも縁がなさそうでいいパパになりそう)私の目から見ても、男性的魅力はあまり…ゴメンナサイ。
齋藤氏は「恋愛力」は「コメント力」であるとしている。その観点で、さまざまな恋愛小説に出てくる「恋愛力」の高い男のコメントを分析し、どこが優れているのかを解き明かす。
基本は「女性をいい気分にさせておく」ということ。ま、そりゃそうだ。誰だって「ブス」「ババア」「デブ」といわれるよりは「カワイイ」といわれる方がいい。短い人生だもの、お世辞でもいいから…
引用が最も多いのは村上春樹の小説。たしかに、村上春樹の小説に出てくる会話はおしゃれで、主人公の男は女性に決して不快なことを言わない。慎重に、洗練された言葉を放つ。
しかし、そのままマネるのは危険だと思うんですが…
「私のヘア・スタイル好き?」「すごく良いよ」「どれくらい良い?」「世界中の森の木が全部倒れるくらい素晴らしいよ」(『ノルウェイの森』より)
私なら「どれくらい良い?」とは絶対聞かない。(だってメンドーでしょ、男からすると)
でも「世界中の森の木が…」と言われたら、アメリカンジョークだねーと突っ込む。
確かに、会話をしていてつまらない男性とは長続きしない。語彙力貧困な男性、私もイヤだ。
しかし、自分でも分析しているように、齋藤氏がモテない理由は「君でなければダメ」と思わせられない八方美人ぶりにあると思う。誰にでも愛想がいいって感じ。
研究者ながら、こういった「軽~い」本を量産するあたり、どの出版社にもどの編集者にもいい顔をしてしまう人なんだろうと思う。
この本が「ちくま文庫」から出ているというのも…もうちょっとしっかりした本を出すところでなかったっけ?
「文春新書」「幻冬舎新書」あたりなら納得の本。
モテない男性は、とりあえず好きな女性をほめていい気分にさせておこう!小説のひとつも読もう!という内容は覚えておいたほうがいいかも。
海峡の南 伊藤たかみ
海峡の南
作者:伊藤たかみ
芥川賞作家、伊藤たかみの最新作。いつの間にか角田光代さんと離婚してたんですねえ。
さて、小説はちょこっとロードムービーの趣があるものだった。
祖父の危篤の報を受け〈僕〉は、はとこの歩美とともに父の故郷・北海道へ渡る。若き日に関西に出奔した父は、金儲けを企てては失敗し、母にも愛想を尽かされ、もう何年も音信不通のままだ。今はタイにいるとかいないとか。
親族に促され父を捜す〈僕〉は、記憶をたどるうち「北海道とナイチ(内地)」で父が見せた全く別の面を強く意識しだす。海峡を越えて何を得、何を失ったのか、居場所はあったのか。
それは30を過ぎても足場の定まらない自身への問いかけにも結びつく。
北海道と、関西と。小さい日本ではあるけれど、土地の雰囲気というのは全然違うと思う。
それらの地域の独特の空気というのが、うまく描写されていると思った。
あとは、「父と息子」の物語。自分には男兄弟がいないので、あんまり父と息子の関係の実態というものを知らない。が、少ない例を見る限りでは、「母と娘」「母と息子」とは違った緊張関係がある気がする。
なんか、ちょっと「張り合う」っていうのかなあ。男の人生には「父を越える」っていうテーマが潜在的にありそうな気がする。
現代の、不確かな父と息子の関係を丁寧に描いている小説だと思います。
エンターティメント性にはやや欠けますが…
空気を読むな、本を読め。 小飼弾
空気を読むな、本を読め。
著者:小飼弾
著者は投資家、プログラマー、ブロガー、書評家。ライブドアの前身の会社の取締役を務めたこともあるらしい。
見た目は、表紙にどーんと載っているが、私の最も苦手なタイプだ。「ヒゲの○○」。(失礼!)
「頭が強くなる読書法」というサブタイトルがついている。この人は小学校に上がる前から図書館に通い、中学、高校は行かずに本ばかり読んでアメリカの大学に行ったとか。
まあ、異端児だ。
本を読まないと成功しない、本を読むヒマを作れ、早く読め、ノンフィクションは要領よく読め、フィクションは文庫を読め、など、具体的なアドバイス満載。
本を読まない人のために書いたのか、ずいぶんと隙間の多い、あっというまに読める本だった。
しかし、彼のように一時間で新書10冊というのはできない…
なるほどと思ったのは、読んだら記録に残すようにすること。私は数年前まで本を読んでもまったく記録せず、内容もどんどん忘れてしまっていたけれど、日記にメモしたり、このようにブログで記録するようになってちょっとは読書が深まった気がする。
あとで「読んだっけ?」と確認するのにも便利だし。
他のアドバイスは、自分でもやってるよーん、と思うものが多かった。
あえて自分とは反対意見の本を読む、というのも確かに大事。ノンフィクションではね。フィクションで苦痛になるような本を読みたくはない。
著者の言う通り、空気ばっかり読んで本を読まない人は、進歩が望めそうにない。
しかし本ばっかり読んで空気を読まない(読めない)というのも、ちょっと困る。凡人は空気をある程度読めないと、社会で生きていけない。
読書をしなきゃ、と思うけれどなかなか読めない方、モチベーションを高めてくれる本だと思います。
らいほうさんの場所 東直子
らいほうさんの場所
作者:東直子
短歌で有名な東直子氏の小説。不思議な小説だった。
主人公は占い師の志津。40過ぎかな?インターネットで月別の占いを配信し、「シスリー姉さんの占い」としてそれなりの人気がある。
一緒に暮らすのは公務員の妹、真奈美と、軽い知的障害があるかと思われる弟のシュン。
シュンは毎日稲森という男に迎えに来てもらって、工事現場で働いている。
志津はマンションのベランダのある一角を「らいほうさんの場所」と名づけ、花を飾ったり、とても大事にしている。でも、らいほうさんの場所に何があるのか、どういう意味があるのかは謎。この場所が、この家族から来客を遠ざけているようだ。
ある日、志津のもとに昔占いをしてあげていた女性が子どもをつれて突然やってくる。いきなり子どもを置いていき、夜まで引き取りにこない。しかしいつの間にか、朝のうちに子どもを引き取っていったもよう。
この女が非常にずうずうしくて、ずかずかと志津たちの生活に入り込み、不愉快かつ不安な気分にさせる。
らいほうさんの場所とか、シュンの自殺未遂とか、「謎」は最後まで放置されてすっきりしないといえばすっきりしない小説なんだけれど、面白く読めた。
登場人物のキャラクターの描き方も丁寧で鮮やか。日常の人間関係に潜む「悪意」をさりげなくリアルに描いている。
家族の中ではいろんな問題が起きるけれども、それは外部からは見えない。昔に比べればさらに、家族は閉鎖的な状況になってきていると思う。「標準的」な家族像の崩壊…
家族はますます「閉じた」存在になってきていることを思わせられる小説だった。