熱い風
作者:小池真理子
恋愛至上主義?とも思える小池真理子の最新小説。んんんー、ちょっと物足りなかった。
主人公の美樹は38歳。新聞社に勤めている。独身で美しい彼女。パリのドゴール空港に着くところから物語は始まる。
この一人旅は、外国で突然亡くなってしまった恋人、遼平の思い出をたどる旅だった。
二人は出逢ったときから恋に落ち、遠距離恋愛を経て、いつかはオランダに家を買って二人で住む約束をしていた。
それなのに、遼平は睡眠薬とアルコールの飲みすぎで、オランダで一人、死んでしまう。
遼平のことを何も知らなかったのでは?本当に彼は自分を愛していたのか?と自問自答を繰り返す美樹。
小池真理子らしく、ただただ恋愛がテーマで、サスペンス仕立て?と期待したけれどそれも全くなく、耽美的な小説だった。
はっきり言って、「オランダ観光案内」っぽい小説。編集者に連れて行ってもらったんだろうと推測できるところが悲しい。
ファンにとっては期待を裏切らない作品だと思うが、やっぱり直木賞を獲った『恋』は超えられていないと私は思う。もっともっとひねって!
小池真理子。美人作家である。さぞモテモテ人生を歩んできたのだろう。小説にもそれが表れている。
夫も小説家(藤田宣永)。夫が自分の後で直木賞を獲ったとき、二人で抱き合っていたっけ。藤田氏の小説も、二冊ぐらい読んだことがあるけれど、「恋愛」を信じている感じ。似たもの夫婦はうまくいくのね。
月別: 2009年11月
レ・ミゼラブル ヴィクトル・ユゴー 辻昶 訳
レ・ミゼラブル(1)
レ・ミゼラブル(2)
レ・ミゼラブル(3)
レ・ミゼラブル(4)
レ・ミゼラブル(5)
作者:ヴィクトル・ユゴー 辻昶 訳
あらすじはよく知られている『レ・ミゼラブル』。子供向けの本とか、数年前のお正月に教育テレビで放送したもので知っていたけれど、完訳を読んだのは初めて。
いつかは全部読みたいと思っていた。今はかなりヒマなので、読むことができてよかった。
潮ライブラリーから今年出版された完訳。
もちろん、かなり長い。しかしあり得ないほどドラマチックな内容。
一人の元徒刑囚、ジャン・バルジャンの波乱の人生を描いている。一個のパンを盗んで19年の間刑務所に入り、やっと出てきたジャン・バルジャンは、教会に一泊し、そこで銀の食器を盗む。
すぐにとっ捕まえられて教会に警察とともに戻ってくるジャン。そこで教会の司祭は「あなたには食器だけではなく、この燭台も差し上げようと思っていたのに…」と燭台を渡される。
そこで彼の人生は変わる…とここまでは誰でも知ってますよね。
心を入れ替えて市長になるんだけれども、彼の過去を知る刑事ジャベールがどこまでもどこまでもジャンを追ってくる。(まるで堀ちえみの大映ドラマに出ていたしつこい刑事みたいだ)
あるいきさつで引き取ることになった少女コゼット。コゼットに恋するマリウスという青年。
悪の権化のような男、ティナルディエ。
登場人物の運命がいったいどうなっていくのか、ハラハラドキドキの展開。
途中でさしはさまれる歴史の描写とか、作者の思索の章とかはかなり退屈で、正直斜め読みしてしまったけれど…
ジャン・バルジャンは悪人でも善人でもない。しかし司祭に助けてもらったあと、彼は自分の基準で自分の行動を決め、生き抜いた。人は、変われる。ただし、人との真剣なかかわりによってに限り。
昨日紹介した『死刑でいいです』の犯人も、善き人との出会いがあれば人生は変わっていたのかしら…
題名の「レ・ミゼラブル」というのは「恵まれない人々」という意味。なのできっと悲しい結末だろうと悲観していたが、読んだ後は救われた気持ちになった。
宗教的なもの、自分の信念、人への愛情、これが人の心をどれだけ支え、強くすることか…三浦綾子の『氷点』を読んだ後のあとのような、とても真面目な気持ちになった。
一生のうちに一度は読んでおきたい名作です。ヒマな人は是非。
死刑でいいです 池谷孝司
死刑でいいです
著者:池谷孝司
2000年7月、17歳の時に母親を金属バットで撲殺。2005年、見知らぬ姉妹をマンションで待ち伏せし殺害、放火。
2009年7月、死刑執行。
犯人の山地という男の生育歴や、犯罪に至る過程を、近頃にわかに注目されている「アスペルガー症候群」をキーワードに、専門家の意見を交えて記したノンフィクション。
何の縁もゆかりもない、愛されて育った姉妹を殺した行為は許されるものではないと思う。
たとえ死刑が執行されたとしても、遺族の心の傷は一生癒えることはないだろう。
しかし、山地という男も、気の毒な育ち方だ。母を殺した理由を
・借金があるのに隠して、自分の財布(新聞配達で稼いだ金)から抜き取っていた。
・無断で恋人に電話をかけた(無言電話)。
としている。母親も人とコミュニケーションをとるのが苦手だったもよう。
父親を早くに亡くし、かなり家庭は困窮していたらしい。性格からいじめにも遭い、その上に勉強にもついていけず、高校進学をあきらめざるを得なかった。
少年院から出てきたとしても、引き取り手がいない。結局「ゴト師」のグループに入って全国を転々とし、逮捕されたことも。
少年院の中では優等生だったらしいけれど、その後の生活をどうするか、方針まで立てないとやはり更正は無理なんだとわかる。
アスペルガー症候群。人の心や場の空気を読むのが大変困難だけれど、もちろん、すべての人に犯罪傾向があるわけではない。育て方や環境によって、ちゃんと立派に生きている人も多い。
本当に許せない犯人。「死刑でいいです」と言われたら「そりゃそーだ!」と言い返すけれども、生きていていつも苦しかっただろうと思う。
偏見を助長することはよくないけれど、発達障害についての知識が広がり、支援やコミュニティーの輪が広がることは本当に大切なことだと思う。
パラドックス13 東野圭吾
パラドックス13
作者:東野圭吾
いつも面白いミステリで期待を裏切らない東野圭吾氏。この作品はしかし、珍しく「SF」だった。
主人公の冬樹は警察官。ある日の13時13分、突如、想像を絶する過酷な世界が出現した。陥没する道路。炎を上げる車両。崩れ落ちるビルディング。
気がつけば、破壊されていく東京に残されたのはわずか13人だった。
なぜ彼らだけがここにいるのか。人間と、動物、そしてそれに触れていたものはすべて消えている。
残された人々も食料を手に入れ、安全な場所を確保するため、マンションやホテルを渡り歩き、官邸をめざす。でも事故や病気で亡くなっていく人もいて…
世界が消えたときに、善も悪も基準が変わってしまう。そこで残された人々はどう協力し、妥協するか。具体的な描写は面白かった。
でも、でも、でも…これまで読んだ東野作品の中では悪いけどかなり下のランク。
私がSF好きじゃないのもあるんだろうけれど、イマイチ心に響く内容ではなかった。
なんでそういう超常現象が起きるのかの説明が、文系頭にはさっぱり理解できない…
残された人々の間に起こる恋愛感情も、共感できなくて。
わたしだったら、こういう「地球滅亡」みたいな状況のときどうするだろう。
たぶん、「あきらめる」と思う。だっていつか死ぬんだもーーーーん。
ヘヴン 川上未映子
ヘヴン
作者:川上未映子
中学生のいじめを扱った小説。芥川賞を獲った『乳と卵』は、それほど入り込める作品と思わなかったが、この『ヘヴン』はすごかった。
面白いというか、ページをめくる手が止められず、息が詰まるような気持ちで読み終えた。
そして読み終えたあと、ボーっとしてしまった。
いじめを扱う小説は多いけれども、これはその中でも秀逸。いじめという題材を、人間の尊厳とか、原罪とか、そういうものにまで昇華した傑作!と思う。
斜視のため、日常的にひどいいじめに遭っている「ぼく」に、ある日コジマという同級生から〈わたしたちは仲間です〉という手紙が届く。コジマは女子だが、不潔で貧乏という理由でやはりいじめを受けている。
「僕」とコジマは手紙をやりとりしあうようになり、非常階段で話したりもするようになる。
夏休みのある日、コジマに誘われて、彼女の「ヘヴン」を紹介するために美術館へ行く「僕」
(描写からいってたぶんシャガールの絵だろうと思う)。
コジマは今は貧乏ではないのになぜ「汚く」し、いじめを甘んじて受けているかも「僕」に話す。コジマは、中学生ではあるが、哲学者であり、求道者みたいな女子。
あとはまあ、とにかく読んでいただきたい。ドストエフスキーの小説に出てきそうな同級生の百瀬、血のつながらない、でもゆるぎないものを持つ「僕」の母などなど、脇役もよい。
公園でコジマとともに裸になることを要求される最後の場面。コジマがとった行動…宗教的なものが強く感じられ、場面が迫ってきて、呼吸をすることを忘れそうだった。(ちょっと大げさですが)
超超超オススメです!!
Q人生って? よしもとばなな
Q人生って?
著者:よしもとばなな
作家の副業?のひとつに、人生相談があると思う。
今までにも、いろんな作家の人生相談の本を読んできた。松浦理英子、村上春樹、中島らも、藤原てい、瀬戸内寂聴、などなど…
人生相談を読むのは大好き。新聞にあると嬉しい。今、朝日新聞の土曜日版にお悩み相談欄があるのだけれど、車谷長吉の回答がサイコー。笑える。全く相談になってない。救いがない。でも、率直に自分の考えを述べるところは、やはり人生というものをいい加減に考えていないからだと思う。
さて、よしもとばななの人生相談。恋愛、仕事、子育て、生きることへの不安についての短い質問に対して、あたたかく、かつ真剣に考えて答えている。
答えのベースとなるものはやはり人生経験。数々のアルバイトや作家生活、子育てで得た著者の法則が面白い。
例えば、お茶汲みをしていて、お茶を出したときに、どんなに忙しくても「ありがとう」と言える人は出世するが、お茶を出したあとに長話をし始める人はダメ、とか。
姑の立場からすると、息子の恋人が息子を本気で愛しているか、あるいは単に利用しようとしているかは一目でわかるものだ、とか。
私はお義母さんにどう見られていたのだろう??
結局、人生相談で得られる答えというのは、回答者の人生観なんだなあ。
人生相談を「読む」のは大好きだけれど、あんまり「人生相談」みたいなことを人にしたことがない。思春期に母に「人は何のために生きるの?」と聞いてみたら「食って寝るため」と返ってきた。スゴイ人生観だ。
でも、若い頃にいろんな大人に、人生について、仕事について、恋について相談しておけばよかったかなあと思う。生意気で、あんまり周りの大人に精神的には頼っていなかった。本の世界に頼って…
今は、どっちかというと若者に相談される方になってしまった。人の相談に乗るのはわりと好き。どちらかというと、女の子からの相談の方が得意。かなり真面目に考えて答える方だと思う。
男の子が相談してくるときは(あんまりないけれど)、「よっぽど」の時が多いので、答えるのが大変だったりする。それでも、相談されるっていうのは幸せなことですねー。
洋梨形の男 ジョージ・R・R・マーティン
洋梨形の男
作者:ジョージ・R・R・マーティン
「奇想コレクション」というシリーズの中の一冊。
奇妙でこわーい話ばかりだった。
姑息な手段でダイエットをしようとしてサルに取り付かれる男の話とか、人に迷惑をかけっぱなしだった女がまたやってきて嫌な目を見せる話とか、娘が送ってくる肖像画の人物が動き始める話とか、、アパートの地下に住む異様な<洋梨形の男>におびえる女性の心理を描いたものとか…
読んでいる途中で気づいたんだけれど、これは「ホラー小説集」だった。
わかってたら手を出さなかったのに…
作家の内面をホラーの形式で描いた『子供たちの肖像』という作品は怖かったけれど面白かった。作者はこの作品について「書くこと、そして作家が自分の夢と恐怖と記憶を掘り起こすとき支払う代償についての物語」と言っているらしい。
なるほど…これは私の中で「整合性」にたどり着けたのでよかった。
しかし、ただこわーいだけのホラーは好きではない。幽霊とかが実際の生活に影響を及ぼす話も、「実話」なら面白いけれど、小説になると「納得」できないのでイヤ。
そこに寓意とか、救いとか、教訓とか、前向きなものが含まれてたらいいんだけれど…
後味の悪いホラーが好きなひとには、いいかもしれません。
46年目の光 ロバート・カーソン
46年目の光
作者:ロバート・カーソン
アメリカのノンフィクション。新聞の書評で、興味を惹かれて読んでみた。
マイク・メイは3歳のとき、不慮の事故で失明した。でも母の教育もあってか、その後40年以上、コンプレックスを感じることなくいつも胸を張って活動的な人生を送ってきた。
子供時代はいつも青あざだらけになって遊び、高校時代はレスリングに熱中し、大学時代にはガーナに一人で乗り込み、趣味のスキーでは障害者スキーの世界選手権で三つの金メダルを獲得。
なんとCIAでも働いたことがあり、今は実業家として目の不自由な人向けのGPSシステムの実用化に取り組んでいる。
女性にも苦労せず、美しい妻と二人の息子をゲット。
しかし、46歳のある日、メイに思わぬ選択肢が与えられた。幹細胞移植手術をすれば、目が見えるようになるという。成功率は50パーセント。リスクもかなり多い。しかしメイは決断。手術を受ける。
手術は成功。43年ぶりに見たものはあまりに刺激的で、喜びと困難、二つのものがめまぐるしくメイを襲う。
目が見えるようになったら、メイが是非見たかったものは何か?それはひたすら「キレイな女の人。」この願望がメイを支えているからすごい。しかし最初は男女の区別すらつかない。妻に手伝ってもらって、コーヒー屋できれいな女性をチェックする練習をする。
買い物にいっても、商品と商品の分け目、区別がつかない。プレイボーイなどの雑誌を見ても、きれいな裸の女性の「奥行き」がわからない。
私たちは目だけではなくて、「知識」を使ってものを見ているのだということがわかる。
200キロ超の女性をスーパーで見かけて「あれはフォークリフトか?」と妻にマジメにたずねてしまうところは笑える。メイは落ち込んでしまうのだけれど。
実際のところ、長く視力を失っていた人が見えるようになったとき、新しい世界に放りだされて戸惑い、ひどい鬱状態になる人も多いらしい。
メイにとっても、見ることは途方もなく疲れる認識であり、映像の洪水を処理しきれない。
でも彼は前向きに道を開こうとしている。
まるで小説のようなノンフィクションで、かなり分厚い本だけれどサクサク読めた。
ハリウッドが放っておかないようなネタだと思う。映画化すると思うなー。
石のハート レテーナ・ドレスタイン
題名:石のハート
作者:レテーナ・ドレスタイン
楽天では売ってないみたい。新潮クレストブックスから出ている。オランダ女性の小説家が描き、アメリカなどではベストセラーになったらしい。
主人公のエレンは、12歳のころ、家族と暮らしていた。父、母、兄、姉、弟、そして生まれたばかりの赤ちゃん。
しかしある日、悲惨な事件により家族すべてを失う。ショックのあまり記憶を失ったエレンだったが、30年近い時を経て家族の謎を解明していく。
とてものどかな家族の風景、そして危険をはらんだ風景、現在、過去、現実、幻想がかなり入り混じっていて、注意して読まないと状況を見失う。しかし「家族」のはらんだ問題を単純な手法ではなく、手のこんだやりかたで浮き彫りにする描き方はあざやか。
そして、エレンがかろうじて立ち直っていく姿にも希望が見出せる。
この小説はオランダで起きた一家心中事件がベースになっているらしい。
オランダといってイメージするもの…フェルメール・風車・フランダースの犬・安楽死・マリファナ…『アムステルダム』っていう小説もあったなー。全体的にちょっと暗い。
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この映画。牛乳瓶一本分ぐらい涙がでます。
大人のための国語教科書
大人のための国語教科書
著者:小森陽一
高校で教えた経験もある著者。(今は東大大学院教授。)教師の必携アイテム「指導書」の内容の問題点を指摘しつつ、教科書によく出てくる著名作品について、指導書の内容を超えた独自の読みを展開する。
俎上にのせられた作品は『舞姫』『こころ』『羅生門』『永訣の朝』『山月記』。ね、授業で読んだことあるでしょう?
私は高校の時に『こころ』『羅生門』『山月記』を習ったことは覚えている。『舞姫』はたぶん、私の出身高校のレベルでは無理だと先生が思ったんでしょう、教科書にはあったけれど授業は省略だった。
授業はまったく退屈で、先生が黒板に書きまくる説明とか、要旨とかをひたすら写し、それをなるべく暗記してテストに臨むというもの。生徒のレベルを鑑みてか、ディスカッションとか、そういうのは全くなかった。私は現代文が得意だったので、授業はあまり聞かず、ノートすらとらず、教科書だけは読んで、でもテストの成績はよかった。(イヤな生徒…)
実をいうと、『羅生門』は国語教師として教えたことがある。大学出たばかりで私立高校に勤務していた時代。非常勤なのに研究授業をさせられ(今思えば有難いが)うまくいかずに反省会で吊るし上げをくらった。生徒に感想を書かせたのに、まったく生かされていなくて。
あの頃の生徒には申し訳ない。一生懸命のつもりで空回りばかりしていた。自分の「読み」も指導書の範囲を出るものではなかった。
さてさて、この本ではステレオタイプな読み方から一歩進んだ読み方を提示している。
『舞姫』では主人公の「罪」を一歩深め、『こころ』では男女の三角関係よりも男性同士の恋愛に言及し、『羅生門』では天皇・政治への批判を読み取り、『山月記』ではスルーされがちな李徴の漢詩に着目する。
共通しているのは、小説世界だけではなく、その小説が書かれた時代や、舞台となる時代に着目しているということ。
たしかに、人間の行動は時代に支配されてるところが大きい。こういうことも勉強して授業をしなければいけないのね…
小説を授業で勉強する意味ってなんだろう。これらの「名作」を趣味で読む高校生は0.1パーセントぐらいだろうし、授業で読んで、自分の生き方を考える、他人の人生に思いを馳せる…そういうことが少しでも積み上げられていったらいいですね。
全国の国語教師のみなさんにとっては、きっと読みたくなる一冊です。