私の母は、在宅で姑(私の祖母)の介護を10年間していた。私が物心ついたときから祖母は寝たきりで、「アルプスの少女ハイジごっこ」をやったりしていた。もちろん私がハイジで、歩けない祖母はクララだった。
当時の母は今の私より若く、幼い子を抱えての介護は大変だったろうと思う。なかなかお出かけできないし、今みたいに「デイサービス」とかなかったと思うし。
お風呂は、ときどき父の姉妹がうちに来て、3人がかりでやっていたと思う。
私の祖母は、とっても小柄な人だったので、それが救いだったか。
私が老人になるころは、日本中老人だらけで、介護する人は少ない。私は、小柄とはいえない。子沢山というわけでもない。もしも介護される立場になったら、介護者に苦労をかけることは辛いと思う。
久坂部羊の
廃用身
は、怖いけれども、たいそうな問題作だ。
「廃用身」とは、麻痺で回復の見込みがない手足のこと。老人デイケアを中心とした老人医療の施設で診察をする医師の漆原は、介護者の負担を減らすため、また他の見地から被介護者の希望のもとで、肢の切断を提案していく。
人工肛門のとりつけも。
奇想小説ではあるけれど、問題としてはリアルだと思う。
今でさえ人が足りず十分なケアが難しいと言われる介護の現場。これからさらに深刻になると思うけれども、今の政治家は、とりあえず自分たちは介護してもらえそうだからイマイチ真剣味が足りないかもしれない。でも私たちの世代にとっては重大な問題だ。
リアル姥捨山・野垂れ死にの老人増にならないようにしてほしい。
私が被介護者になったら、人工肛門ぐらいは甘んじて引き受けるかも。手は片方だけでも残して欲しい。本が読めるように…