変愛小説集

よーくタイトルを見て欲しい。「レンアイ」ではなく「ヘンアイ」だ。
現代の英米文学のなかから、訳者である岸本佐知子が愛にまつわるとびっきりへんてこな小説を集めて訳している。
シュールを通り越して「奇抜」。
・皮膚が宇宙服に変わり、やがて宇宙に飛び立ってしまうという病気にかかる話、とか
・若くてかわいい男の子を(性欲のまま)丸呑みにして腹の中で飼う女の話、とか
・バービー人形と本気で交際をする男の子の話、とか。
長編だったら辛かったかもしれないが、どれも短編なので、食傷ぎみになる寸前で読み終えた。変すぎる、でも確かに「愛」はある。
訳者があとがきで言っているように、愛をつきつめればへんてこな、グロテスクなものになっていくものかしら…

斜陽

この本との出会いは小学校の5年生だ。
ひどい風邪をひいてずっと寝ていなくてはならなかったとき、母が小さな駅の小さな本屋で買ってきてくれたのが、『斜陽』と『吾輩は猫である』だった。母は文学に詳しいというわけではないので、とりあえず何か有名な本を選んだのだと思う。小学生にこの二作品はどうかと思うけど、一応高学年から中学生向けの本で、沢山の注釈と、ときどき挿絵があった。でも原文のままだ。もちろん読めたものではない。特に『斜陽』は難しくて、すぐに挫折した。でも、最初のスウプの場面が面白く、姉と「お母様のスウプの飲み方」をスプーンをひらりと使って練習したものだ。立ったままおしっこする「お母様」にも衝撃をうけ、これも姉とウケまくっていた。
その後、高校性になって『人間失格』でシビれて、太宰に夢中になり、太宰熱は大学の最初の方まで続いたけれど、大人になりつつあった私は突然「甘ったれ」の太宰が厭になってしまい、読むのをやめ、嫁入り道具にも太宰の本は持ってこなかった。
でも、今回『斜陽』を読み返してみて、やっぱり彼は天才だと思う。敗戦後のあの時期に人々を熱狂させたというのもわかる。日本人がよりどころを失って空虚な気持ちでいたときに、その空虚、退廃、破滅を見事に描いている。
太宰は生誕100年で、今年ブームが仕掛けられるらしい。太宰のよさは「マッチョ」でないことだ、と私は思う。へなへなした自意識過剰の弱虫!が紡ぎだす美しい日本語。ちょっとブームに乗って、また太宰を読んでみよう。

塩狩峠

キリスト教作家の三浦綾子の作品。明治時代に北海道の塩狩峠で実際にあった話を、三浦綾子が小説に仕立てている。
主人公の永野信夫の幼少のころから始まっている。彼はいくつものきっかけでキリスト教とかかわるようになり、鉄道員になった後、自分の命を犠牲にして大勢の乗客の命を救う。自分の結納の当日に。三浦綾子の作品らしく、「原罪」について幾度も触れている。
ずいぶん昔に読んで、感銘を受けた作品だったけど、もう一度読み返してみて、やはり心にズシリと響く作品だと思った。
私はキリスト教徒ではないけれど、とくに何かに帰依しているわけではないけれど、心に信じているものがある人は強い、尊いと思わずにはいられなかった。
ちゃんと生きなければ。(なるべく)良く生きなければ(なるべく)と、ダメな自分に渇を入れたいときに読みたい本。
三浦綾子の小説の中ではわりと短く、読みやすいので、中学生や高校生にもオススメです。

バースディ・ストーリーズ

今年の誕生日ももう終わってしまった。この歳までまずまず健康で生きられたことはめでたいので自分で赤飯を炊き、大好きな和菓子を食べて祝った。友人から電話やメールも来て、非常にありがたかった。
でも、今までの人生の誕生日を振り返ってみると、20歳の誕生日は確か涙…だったし、いい日ばかりでもなかったような気がする。
『バースディ・ストーリーズ』は海外の、誕生日にまつわる短編を村上春樹が10編選び、訳している。
誕生日だからといって幸福な話はむしろ少なく、読み終わった後に「へ?」と置いてけぼりを食らったような感じを受けるものも多かった。
気に入ったのは、因業な老婆を主人公にした二編。私も、もし将来独居老人になったりしたら、因業でかわいげのない老婆になって、自分の誕生日を孤独にどっぷり浸りながら盛大に祝いたい。
誕生日にひとりぼっちだったら、誰にも祝いの言葉をかけられなかったら、他の日よりももっと孤独を感じる。でも別にそれも悪くないと思う。
読みやすかったのはやはり最後の村上春樹自身の短編。翻訳ものはすんなりと入っていきにくい。言語は文化を背負って成り立っているものだとつくづく感じる。
安易に、誕生日プレゼントになどはしないほうがいい本です。

街場の教育論

昨日のページで「カツマー」に言及したけど、「タツラー」は増殖の兆しがないのかな?
内田樹氏(うちだたつる)に私淑する人を「タツラー」と名づけたい。私の知人に、新幹線に乗ってまで氏の講演を聴きに行くというかなりの「タツラー」がいる。武田鉄矢も「タツラー」だそう。実は私もちょっと「タツラー」だ。
教育論という書名だけど、内容は多岐にわたっている。教育がビジネスのようにとらえられている風潮のある現在、それに対立する意見を述べていて、なるほど、と思うことが多々あった。
教育は入力から出力までのあいだに「時間がかかる」から、入力と出力の差がゼロであることを理想とするビジネスとは性質が反する。教育再生会議(←これどこへ行ったの?)のメンバーは教育をビジネスマインドでとらえようとしている点で間違っている、とあった。
私は、学校っていうところは「清く正しく美しく」「平等」ってことを(そこでだけでも)恥ずかしげもなく言うべきところだと思う。たとえ「世間の論理」と乖離してても、教師は「理想」を生徒に語るのが、のちのちの生徒の人生において生きる力になるのではないかと。
私の意見はちょっと本題とも内田氏の意見からも外れているけれど、内田氏の指摘は独自な分析がなされていて、「目からウロコ!」という箇所がいくつもあった。
ネットカフェ難民、ワーキングプアと呼ばれる人々は、「連帯」という合理的な選択をほとんどしていない、とあった。私も、「彼らが力をあわせたらいいのにな」と思っていたんだけど、内田氏によると「自己決定、自己責任」の呪文にあおられて、「個性的」であることを強いられてきた世代は、「共同的に生きる能力」「連帯する技術」を奪われてきたのだと。
この能力、技術はこれから必要になってくると思う。少子化で兄弟も少ないから、「学校」でしか学べない気がするんだけど、どうなっていくんだろうな。「サイバー大学」「サイバー高校」が中心になったら、恐ろしい…

インディで行こう!

飛ぶ鳥を落とす勢いの勝間和代氏。最初に見たときはオバサン臭い…と思ったけど、最近メディアに登場するたびに若く、キレイになっている。テレビによると、彼女に私淑する人を「カツマー」と言うらしい。
さて、この本の「インディ」は、「インディペンデントな女性」のこと。
条件 1 年収600万以上を稼ぎ
   2 いい男がパートナーにいて
   3 年を取るほど素敵になっていく
だと。思わず「こんながは東京の人だけでないがけ?」とつぶやいた。年収600万て、ド田舎では教師(正規教諭)か看護師ぐらいしか選択肢がなさそう。それもなるのが大変だけど。
パートナーの収入は1000万以上が望ましいそうだ。それぐらいだとたかったり足を引っ張ったりする必要がないって。ド田舎では医者か弁護士か中小企業の社長?居ないよ、周りに。
誰もが著者のように賢く(在学中に会計士の資格取るほど)ないし、強くないんだよお、と言いたくなった。
離婚≒転職、という考えもちょっとついていけない。相手は人間なんですよ。企業は去られても傷つかないかもしれないけど、人の心の傷はあとあと残るし、思わぬトラブルも引き起こす危険があるよ、と言いたい。
勝間氏が奥谷禮子氏のようにならないか心配。
でも、これから社会に出ようという人とか、キャリアアップを本気でめざす人にとっては具体的なアドバイスがあっていいと思う。確かに世は弱肉強食ですもの。
好奇心で読んだ本。首肯できないところもあるけど、読み物としては面白かったですよ!
『インディで行こう!』は楽天ブックスでは売り切れ中なので、たぶん似た内容のものを紹介しておきます。

アカペラ

山本文緒氏の単行本は久しぶり。長いこと心の病と闘っておられたようで、「新刊でないなあ」と心配していた。『恋愛中毒』や直木賞をとった『プラナリア』が有名だけど、ちょこっと(時にはかなり)毒のある、苦ーい感じの小説が好きだった。
今回も期待を込めて読んだ。読売新聞で愛しのキョンキョンもほめてたし。
うん。山本文緒、復活!という感じ。かつての毒は薄められた感じだけど。中編が三つ収録されていて、どれもちょっと困った事情を抱えた人の話だったが、私がいちばん好きなのは『ソリチュード』という作品。
父の死をきっかけ20年ぶりに東京から田舎へ帰ってきた春一。家出してきたにもかかわらず、そして彼は過去にいろいろとやらかしているにもかかわらず、意外に故郷の人々は彼をあたたかく迎えてくれる。
かつて、本気で愛した美緒とも再会。美緒は結婚して離婚したが、一女をもうけていて、その娘の一花が春一になついていく。
田舎を捨てて、東京に逃げた春一。そして今回の帰郷も東京からの逃避だ。彼の前途は厳しそう。でも、彼の「心のありよう」に希望が感じられた。
「田舎に帰って癒される話」と入ってしまえば安っぽい「癒し系」だが、(『食堂かたつむり』みたいに。すいません。酷評で)本物の、深い癒しのようなものを感じた。「許されて生きている」ということを実感できた。ちょっとみんな寛大過ぎる、というのもあるんだけど…

シロクマのことだけは考えるな!

この本のタイトルは、別に
『梅干のことだけは考えるな!』でも
『尾美としのりのことだけは考えるな!』でもいい。シロクマの写真を見せたあとで「シロクマのことだけは考えないように」と言うと、どうしてもシロクマのことを考えてしまうという人間心理。私も高校のとき、生物の時間に「ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸」というのが教科書にあって、先生が「これは覚えなくてよろしい」と言ったためについ覚えてしまった経験がある。今でも覚えている!生物はものすごく苦手だったのに。たんなるひねくれ者?
心理学者の植木理恵氏による著書。「モデリング学習」「スティンザー効果」「フォアラー効果」「言語的隠蔽」などなど、難しそうな心理学の用語を、難しい言葉を使わずに具体的な場面を挙げて説明している。そして「元気になる」「頭が良くなる」「人をコントロールする」「人をトリコにする」など、実用方面に向けて解説しているのが面白い。
こういう本って、読んでるときは「ふむふむ」と思うんだけど、いざ実践してみるか、っていうとすっかり忘れてしまう。でも人間関係をちょこっとスムーズにするには役立つのではないだろうか。深みはないけど、心理学の入門としては面白い本。中高生なんかが読めば、心理学方面に興味を持つのではないかな。