フェルマータ  ニコルソン・ベイカー

かつて、渡辺淳一の『失楽園』がベストセラーになったのは、これがポルノ小説だったからだろう。私は渡辺淳一の小説があまり好きではないので(母が何か一冊持っていたので読んだけど、挫折した)『失楽園』も読んでいないけど、性描写の過激さで話題になっていた。
この『フェルマータ』もベストセラーになったらしい。うん。はっきり言ってポルノ小説だ。
主人公の男は時間を止めることができ、その間に女性の服を脱がせたりさわったり、いや、もっと…男の妄想をことごとく実現している感じだ。
一応言っておくけど、最初からこれほどの小説とは予想していなかった。岸本佐知子氏が見出して訳した小説なら面白いかなと思ったのですよ。
ポルノはポルノだけど、面白かった。一般的なポルノ小説は女はこうすれば歓ぶだろうヒヒヒみたいな、男の勝手な予想が入っていると思うんだけど(たぶん)、これはそういうのがなくて、自分の妄想だけを忠実に描いているところが潔い。だからイラつかずに読めて、笑えた。
『フローズン・タイム』という映画があって、それも時間をとめていろいろエッチなことしちゃうんだけど、これは実によい映画だった。男性のスケベ心と純情さは両立する。
時間を止めることができたら、何をするだろうか…エッチなことは、相手が動かないんだったら面白くない。銀行強盗も、あとで従業員が大変なことになるだろうから、しない。おいしーくて高級なケーキやさんに行って、ショーケースのケーキを一口ずつ味見する…でも肥るからなあ。派遣切りとかをやって、平気で儲けている企業の社長のお宅から何かいただいてこようかしら。でも、そこまで自力で歩いていくの?めんどうだ。

ばかもの 絲山 秋子

中高生のころ、安全地帯のファンだった。「プルシアンブルーの肖像」という、玉置浩二主演の幻の(?)映画まで見に行った事がある。石原真理子になりたかった。
でも、いろいろあったようで、イメージが崩れてちょっとショックだった。歌は今も好きだけど。
なので、昨日はテレビを見てびっくり。復縁するなんて!
ひどい別れ方をして、23年も経って、また愛し合うようになる…普通は顔も見たくないんじゃないかと思うけど、つくづく、人間の記憶力のなさと、傷ついても立ち直る力に感心した。
恋は人を少しばかりアホに見せる。安物のペアルックで微笑みあう二人。残りの人生、幸せでありますように。
さて、絲山 秋子の『ばかもの』。これも、過去にひどい別れ方をした男女の話だ。
主人公の大学生ヒデは、年上の額子にそれはそれはひどい捨てられ方をして、その後社会人になってかわいい恋人もできるものの、アルコール中毒になってしまう。
堕ちるところまで堕ち、退院後に10年ぶりに額子に会う。額子もものすごい喪失をしていて…
実に面白くて、一気に読んでしまった。最初はのっけから濃厚な性描写(男性目線で)、アル中になったヒデの様子、ハラハラドキドキ。登場人物もどこか過剰な人ばかり。
で、最後はほっとする内容。ひどい別れ方をしても、10年経っても、その間にどんなに辛いことがあっても、差し伸べる手はある。救いのある小説だった。

恥辱 クッツェー

イギリスには「ブッカー賞」なるものがあり、日本の芥川賞と直木賞をいっしょくたにしたような、もっとも優れた長編小説に与えられるそうだ。この本はブッカー賞で、しかも作者のクッツェーはノーベル文学賞受賞者だという。
舞台はアパルトヘイト撤廃後のアフリカ。白人で大学教授の主人公はセクハラで大学を追われ、農業をしている娘のところへ身をよせるが、そこに3人の男が押し入り、奪い、主人公にケガを負わせ、娘(レズビアン)をレイプしていく。
全く、悲惨な話だ。最初から、主人公は情けないし。性欲に振り回されすぎだ。娼婦を買って満足すればいいものを、50過ぎてハタチそこそこの学生に手をだしている。
相手から嫌がられているのも、気づいていない。
3人の男に襲われた後も、まったく敵は取れていない。娘もひどい目にあったというのに、ここで生きていくにはあきらめるしかない、という感じ。
アパルトヘイトなるものがどんなものか、日本しか知らない私にはわからないけれど、人種差別というものが社会に大きな傷を残すことは理解できる。主人公は白人特権階級、襲う方は黒人。悪いのは明らかに犯罪者である黒人なのに、白人は彼らに税を払うような気持ちで生きていかなければならないのだ。
日本でも、格差がますます進んで、スラム街とセレブ街が棲み分けするようになるかもしれない。いや実際そうなりつつあるかも。そのときに起こるのは、やはり人心の荒廃と、あきらめではないか。怖い怖い。
重たいけれど、読んでよかった一冊だった。

お母さんの恋人 伊井直行

物語の舞台になっているのは、川で右岸と左岸に分断された街。右岸と左岸では文化?雰囲気が違うらしく、どこか地方の都市を思わせる。
大島と磯谷は17歳の高校生。あまり、よい子のタイプではない。大島は運送会社の次男で、かわいいガールフレンドもいる。
磯谷は町でみかけた美しい年上の女性に一目ぼれする。その美しい女性、小林は36歳独身。
父親の仕事をひきついで、英会話学校を経営している。彼女には恋人のような人がいる。
大島はかわいいガールフレンドがいるにもかかわらず、磯谷の気持ちも知っているにもかかわらず小林のことを好きになってしまい、告白する。
…地味な展開の小説かと思いきや、後半はかなりドラマチックだった。
いろいろな恋愛模様が錯綜している。
筋も面白いけれど、大人でなければわからない人生への諦観、少年でなければわからない何かへの苛立ちがよく伝わってきた。
大人の世界って汚いのねー。でも、救いもちょっとはある話でよかった。

翻訳夜話 村上春樹 柴田元幸

村上春樹氏は、よく知られているように、翻訳をもうひとつのライフワークとしている。
私もプチハルキストなので、そのうちのいくつかは読んだ事がある。(前に『バースデイ・ストーリーズ』を紹介しました。)
正直言って、彼の創作作品に比べると、かなり、眠くなってしまうのだけど。
柴田元幸氏は東大文学部教授。日本を代表する翻訳家の一人だ。
この本では、東大の教室、翻訳学校の教室、若い翻訳家とのフォーラムを中心に翻訳の実際や難しさ、面白さ、また翻訳と創作の関係についても語っている。
柴田氏と村上氏が、レイモンド・カーヴァーとポール・オースターの小説を競訳?しているのが読みどころだと思う。
巻末には原文もついていて、とても短いので、英語の好きな人は自分で訳して比べてみても面白いかも。
柴田氏と村上氏、どちらの翻訳が好みかは人それぞれだと思うけど、私は柴田氏に一票。
村上氏の翻訳がなぜ(ちょっと)読みにくいか、ちょっとわかった一冊だった。

憎まれ役 野中広務 野村克也

野球にも政治にも興味はあまりない。でも、これだけ日本の政治がヒドイと、ちょっとは政治が気になっている。小泉政権の負の遺産がいろいろ取りざたされているけれど、そのときの「抵抗勢力」だった野中さんのことをふと思い出して、この本を(読みやすそうなので)読んでみた。野中氏と野村監督の共通点は「憎まれ役」。対談でも書簡形式でもなく、ただ交互に自分の思うことを書いている。
野中氏が他の政治家と違うところは、「たたきあげ」の政治家だということ。
町議からはじまって、町長、府議会委員、副知事を経て59歳で国会議員になっている。
二世議員が実に多い中で、「めずらしい」というのも、日本の政治の情けなさか。
野村監督も、貧しい育ちで、決してスター街道を歩いてきた人ではない。私は「犠牲フライ」も「ヒットエンドラン」も意味ワカラナイので、野球について書いているところはよく理解できなかったが、地道な努力とか、リーダーの器とか、学ぶ言葉は多かった。
とにかく、日本の野球(とくに巨人)のダメさ加減を辛口に述べている。
野中氏の言葉からは、今の政治への歯がゆさが伝わってくる。2007年に出版された本だけれど、「小泉さんは自民党ではなく日本をブッ壊した」とすでに指摘している。
小選挙区制の弊害も、理解できた。
いちばん良かった言葉は、「政治家はマスコミではなく歴史に判断されるべき」というもの。
うん。そうだよね。自民党の総裁も、変わるかもしれないけど、また、「人気のありそう」な人にしようと躍起になるんだろうな。
野中氏は83歳。政界復帰はないにしても、もっとメディアに出て発言すればいいのに。
テレビは本より影響力が強いですから。

ラン 森絵都

このあいだNHKでやっていた「双子の不思議」で、短距離走の能力は先天的に決まっているけれど、長距離走は努力で能力を上げやすいと言っていた。そう。努力すれば運動神経のない人でもできる!だから、マラソンには憧れがある。外で走っている人を見かけると、老若男女問わずときめいてしまう。孤独な努力に敬意。
実はずーーっと前に、半年近くひとりで走っていたことがあるけれど、紫外線が怖くてやめてしまった。40歳から始める人もいるし、また機会があったらやって…みる…かも…
マラソンは小説の題材として面白いと思う。この小説「ラン」も、死んだ家族に会うために40キロを走りぬく力をつけようと主人公が奮闘する話だが、「だんだん力がついていく」過程を読むのはなんだかこちらも前向きになって楽しい。
もちろん、走る力をつけるとともに、主人公自身が、現実に生きる力もだんだん身につけていくのだけれど。
森絵都は『風に舞い上げるビニールシート』で直木賞をとった。『風に…』は大人向けのとてもいい小説だったので、今回も期待したけど、ちょっとジュニア向けに戻った感じ。霊界まで走るっていう設定がファンタジーで、そこについていけない人にはダメかもしれない。
でも、登場人物が個性的で楽しいし、主人公の内面の変化、これはファンタジックではない。急には人は変われない、という現実をちゃんと描いていてよかった。
マラソンといえば、村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』という本もすごくいい。ハルキストにはたまらない一冊だし、これを読むと走りたくなります。
もっと、運動神経のない小説家の、マラソン挑戦エッセイとか読みたいなあ。
誰か書かないかなあ。村上龍とか。(氏は運動神経は悪くないはずですが)

手 山崎ナオコーラ

谷川俊太郎氏はこの間の対談で「三歳までの母親との関係がその人の幸福感というか、前向きに生きられるかどうかを決定付ける」と言っていた。
また、元香川大教授の岩月謙司氏は『女性のオトコ運は父親で決まる』などで、父親との関係が女の子の恋愛観を決めると述べている。父親との関係が良い人は恋愛もうまく行き、悪かった人は不倫に走るとか。ま、この著者の場合、セクハラで訴えられているというオチがあるんだけど…
父と娘ってそんなに仲良くできるの?うるさかったり、仕事仕事で交流なかったりが普通だと思うんだけど。
さて、前置きが長いが、山崎ナオコーラ「手」(芥川賞候補)の主人公は25歳のOL。父親との関係がよくなくて、そのせいで?歪んだ恋愛観と奇妙な趣味を持っている。
ファザコンが別の形で恋愛に出てしまうということがあまりにも透けて見えて、そこが残念だったけど、個々のエピソード(主人公の趣味とか)や物語の進み方は面白かった。主人公がいつか安定感のある関係を築けますように、と祈った。
2歳上の先輩との恋愛というか、関係。ちょっと理解できなくて、これがジェネレーションギャップなのだろうか。若い世代の恋愛って、こうなの?まあ、いいけど。

たんぽぽのお酒 レイ・ブラッドベリ

ちょっと昔のアメリカの小説。イリノイ州グリーンタウンが舞台。
主人公のダグラスは12歳。彼のひと夏のさまざまな経験を中心に物語は進む。
思春期に差し掛かる頃、多くの人は「哲学者」になる。自分が生きている意味を考えたり、なぜ生きるのかを考えたり、あるいは、「死」というものを強く意識したり。
その大切な一瞬を、見事にすくい取って描いている。
「年寄り」たちとの交流も愉快。子どもにとっての祖父母、近所のおじいさんおばあさんの存在の大切さを改めて思う。
私も(熊やシカが出るような)田舎で育ち、幼い頃は近所のおばあさんによくかまってもらった。隣の家のおばあさんに農作業を習ったり。この本を読んで、そんなことを懐かしく思い出した。
もちろん、牧歌的なだけではなく、ピリッと辛口な面もあるので、大人の読み物としても十分に楽しめる。
一つ一つの文が非常に美しく、詩的。私には無理だけれど、英語が得意な人は原文で読んでもきっと素敵だろうと思う。

ベロニカは死ぬことにした パウロ・コエーリョ

ブラジル生まれの作家の小説。
若く、美しく、仕事も家族もあるベロニカは、大量の睡眠薬を飲んで死ぬことにする。
目覚めると精神病院の中にいて、ベロニカは一命をとりとめていたが、自殺未遂の後遺症で残り一週間の命と宣告される。
周りは精神を病んだ人ばかり。医者もちょっと…オカシイ。
そんな人々とのかかわりの中で、皮肉にもベロニカは生きる意味を見出していく。
はじめ、ベロニカの自殺の理由がただ老いていくことへの虚無だと思い、傲慢!と感じていたが、読みすすめるうちにそうでないことがわかってくる。
健康な精神で生きていくことは時代や環境によってはとても困難だろう。戦後の日本とか、戦争から帰ってきた人とかは、精神病院に頼らずにいた人も多かったのだろうか。
精神病院の実態は知らないし、この小説もフィクションなんだろうけど、人間の内面が数値で測れない分、原因分析も対処も難しいのだろうと思う。何か新聞の本の広告で精神科医が診断の難しさを書いた本を見たような。読んでみたい。
世界中が感動したベストセラーとあった。確かに前向きな面もあるけれど、わたしはちょっとどんよりした。